ROTARY 2021年夏号
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3江上栄子(えがみ・えいこ)江上料理学院院長。料理研究家。フードコンサルタント。実家は佐賀県有田焼の窯元「香蘭社」。青山学院大学英文科卒業。パリのル・コルドン・ブルー料理学校の最終課程修了証書を取得後、世界60カ国余りを訪ね、家庭料理の研鑽を重ねる。フランスチーズ鑑評騎士の会東京支部理事長を務めるなど諸外国との関わりも深く、2002年フランスの農事功労章シュバリエを受章。2017年同オフィシエを受章。2015年1月、米農務省の「米国農産物貿易の殿堂入り」を果たし、ケネディ大使の表彰を受けた。外食産業や食品会社の顧問としてフードビジネス全体に携わる。テレビや講演、雑誌などで幅広く活躍中。の中でおいしくて早くできて、栄養バランスのよいものを、と考えるわけですが、加えて「この次は僕の好きなあの肉にして……」などと家族がリクエストしてくれると、作りがいもあり、楽しくもなります。 献立をいろいろ考えるのは、ヨーロッパでも、知的センスと知識を併せ持った、限られた階層の人々が行っていたことで、中世期の記録が多く残されています。 当時は、人々を招いて酒宴をすることは、特権階級のステータスでした。広い会場はもちろん、十分な材料、つまり動物性たんぱく質の保存や新鮮な野菜、果物そして酒類の確保が必要でした。食料保存のために雪や氷の山に埋めたり、鮮度のよい魚介類を捕獲して、夜通し馬車を走らせて宴の時間に間に合わせたりするのが命がけといわれるくらい、大変だったのです。 あてにして保存した鹿の肉が腐敗していたり、届くはずの魚介類が嵐で届かなかったり。イライラとした気持ちで高い城の塔から、はるかな道を見やり、とうとう身を投げて命を絶ったシェフも少なくないとされています。 また、私の手元にあるルネサンス時代のヨーロッパ貴族の饗宴のメニューには、46人の客をもてなすのになんと26もの料理名があります。 前菜の類(サラダ、チーズ、マリネなど)/第1群(10品)/第2群(8品)/第3群(8品)/デザート(各種)。つまり料理だけでも26種。各料理の合間に人々は席を離れ、音楽やダンス、芝居を見たり、また会話を楽しんだりして時を過ごすのです。食卓というものを人間の大いなる権威づけに利用した時代といえましょう。 時代は移り、コロナ禍の今、食卓に求められるものは何でしょうか。栄養学も医学も、人々の幸福感も、おいしいと思うものも、時代とともに移り変わっていくのが世の常なのですね。

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