ROTARY 2022年新春号
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4月 藤井良清が会長に就き、社長に小林浩が就任1月 大社義規が 野球殿堂入り4月 創業者大社義規が逝去1月 グループブランド制定10月 北海道日本ハムファイターズ、初の日本一達成4月 行動指針制定6月 ベトナムに日本ゴールデンピッグ(現NHフーズ・ベトナム)設立2月 北海道、道立総合研究機構と包括連携協定を締結8月 日本ハムグループで不祥事発覚8月 社長に藤井良清が就任7月 ㈱宝幸(旧宝幸水産㈱)の株式を取得し、水産、乳製品事業を強化3月 食物アレルギー情報提供サイト「食物アレルギーねっと」を開設8月 ㈱北海道日本ハムファイターズを設立4月 新中期経営計画パートIスタート4月 関連企業本部が発足 環境への配慮が社会的に活発となった1990年代後半、当社は環境保全の考え方を社内外に明らかにした「環境憲章」を1998年8月に制定した。同年12月に当社小野工場が、国際規格ISO14001認証の取得に向けた推進室を設置し、環境マネジメントシステムの構築に全従業員で取り組み、翌1999年11月22日、同認証を取得。ハム・ソーセージの製造工場としては国内初の認証取得となった。2006年には当社、日本ハム食品㈱、日本ハム惣菜㈱のハム・ソーセージ、加工食品製造の全工場で同認証を取得した。食肉事業の販売会社ISO14001認証を小野工場が取得1999年11月当時の日本ハム㈱小野工場。札幌ドーム開幕戦でファンをハイタッチで出迎え。4月 環境保全の取り組み「みんなの森林(もり)」がスタート信頼回復(2002年~)11月 小野工場が業界初の環境ISO14001認証取得19981999200020012002200320042005200620072008200920102011 牛肉偽装発覚後、当社社長に就任した藤井良清のもと、一日も早くお客様からの信頼を取り戻すための具体的な対策として、各事業に分散していたお客様対応の窓口と品質保証部門の一本化とともに、社外の有識者を集めた「企業倫理委員会」を設置した。この不祥事を契機に、日本ハムグループはコンプライアンス経営を徹底。翌年2003年3月に発表した新中期経営計画では「企業風土の刷新と経営改革の推進」をテーマとし、新たなスタートを切った。グループ内で不祥事発覚日本一誠実な企業グループを目指して2002年8月 日本ハムファイターズは、1990年代後半よりプロ野球のフランチャイズとして地域と共存できる移転先を模索していた。四国へ移転する案もあったが、最終的に北海道へフランチャイズを移すこととなった。2004年4月2日の札幌ドームでの開幕戦には、雪が降り積もる悪天候始動にもかかわらず、開場前には2,500人ものファンの方々が列を作るなどファンの方々熱烈な歓迎を受け「北海道日本ハムファイターズ」が始動した。北海道日本ハムファイターズフランチャイズを北海道へ移転2004年1月 移転後3年目、トレイ・ヒルマン監督を迎えて4年目の2006年、北海道日本ハムファイターズはプレーオフを制し25年ぶりのパ・リーグ優勝を果たした。日本シリーズでは中日ドラゴンズと対戦し、4勝1敗で、日本一の栄冠を手にした。日本ハム球団設立から31年目のことだった。その原動力の1つとなったのが、北海道民の強力なバックアップだ。地域に根ざし、道民にとって欠かせない存在に成長した。北海道日本ハムファイターズ31年目で日本一を達成2006年11月11

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