ROTARY 2022年新春号
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 1963年8月1日、徳島ハムと鳥清ハムが合併し、「日本ハム株式会社」が誕生した。 合併の数年前となる1960年6月、政府によって貿易為替自由化計画大綱が決定され、3年後の輸入自由化品目を引き上げる目標を明らかにしており、いずれ外国資本による日本企業への直接投資が認められるのは時間の問題だった。アメリカには巨大資本を持つ食肉加工品メーカーが多いことから、危機感を抱いた経営陣の決断で合併に至った。社名は従業員の応募約300件の中から、多数を占めた「日本ハム」に決定した。合併により食肉の処理加工場数カ所のほか、食肉加工品の製造工場は旭川、網走、茨城、東京、和歌山、大阪2カ所、徳島、広島、宮崎の10カ所となり、売上高も国内のハム・ソーセージのメーカーでトップとなった。徳島ハム、鳥清ハムが合併日本ハム株式会社発足1963年8月新会社社長の大社、のちの取締役・宮崎、会長の辻本。1963年5月、合併調印式。1963年2月に完成した茨城工場。1967年8月、中期経営計画を発表。和歌山県和歌山市中之島にあった和歌山工場。ニッポンハムグループ80年の歩み日本ハム株式会社スタート(1963年~)12月 大阪・東京両証券取引所市場第一部に上場5月 本社を大阪市中央区南本町3丁目6番14号へ移転2月 商品を 「ニッポンハム」 ブランドに統合2月 「ウイニー」 全国一斉発売2月 消費者サービス室を設置3月 日本ブロイラー㈱(日本ホワイトファーム㈱)を共同出資で設立し、ファーム事業に参入8月 鳥清ハム㈱と合併し、商号を日本ハム㈱と変更、本社を大阪市浪速区大国町2丁目7番地に移転1月 広報誌 「ロータリー」 創刊1963196419651966196719686

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