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なるほどコラム

幕末の日本を動かす原動力は豚肉だった!

豚肉を食べて元気になろう!というスローガンは、歴史的にも根拠があったのです。それを知るために、幕末の志士たちの食生活に目を向けてみましょう。

「西郷どん」は脂身のある豚肉が大好物

イラストレーション/漆原冬児

江戸時代、豚肉食は全国的な食習慣ではなかったようだが、九州や四国ではずいぶんと盛んだった。九州を旅した江戸時代の絵師であり蘭学者の司馬江漢は、「長崎へ行ったら夜食に豚を煮たものが食卓にのり、とてもおいしかった」と言っていた。また、薩摩料理が豚肉をふんだんに使う料理として発展していったことも、九州での豚肉食を後押しした。
薩摩藩士と言えば、西郷隆盛。西郷隆盛は、脂身の多い豚肉をとても好んだということが後に伝えられている。ちなみに、最後の将軍・徳川慶喜は、江戸の人々から「豚一様」と呼ばれていたそう。薩摩藩主の島津斉彬が慶喜の父・斉昭に定期的に豚を贈っていて、慶喜もそれを食べていたことからついた呼び名なのだ。
幕末の日本を大きく動かす武士たちの元気のもとは、豚肉だったのかもしれない。

新撰組は循環型社会の先駆け

幕末に豚肉で英気を養っていたのは、実は九州だけではなかった。京都・西本願寺を屯所としていた新撰組は、何を隠そう庭で豚を飼っていたのだ。刀さばきは超一流の新撰組も、豚をさばくのは苦手だったと見え、医師である南部精一の弟子に頼んで豚を解体してもらっていたという話がある。
これは「豚に残飯を食べさせて生育し、成長したらその豚の肉を食べるように」という医師のアドバイスがもとになっていたと言われていて、今でいう“循環型社会”の先駆けでもある。と同時に、衛生面と栄養面の両方を改善する策でもあったのだ。
その後時代が進み、大正時代に入って豚肉の消費が大きく伸びた。その背景には、東京帝国大学で解剖学を教えていた獣医師の田中宏が著した『田中式豚肉料理法』という本の存在があったのだ。田中は、本を出版するととともに、上流階級の婦人たちを集めて豚肉料理の講習会を開いた人でもある。レシピ本を出版して料理教室を開くという、現代の料理研究家のはしりとも解釈できそうだ。

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