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なるほどコラム

嘘か誠か、水戸黄門のグルメっぷり

「この紋所が目に入らぬか!」の一声でさっそうと登場する水戸黄門様。「日本初」のエピソードなど、数々の逸話がある中から、食に関するものをみてみよう。

大の牛肉好きで、おいしく食べる工夫をしていた

イラストレーション/漆原冬児

時代劇「水戸黄門」で知られる徳川光圀。ドラマのような諸国漫遊はフィクションだが、日本で初めて古墳の発掘・保存を行ったなど、たくさんの逸話の持ち主だ。
その光圀公、実は大の牛肉好きだったそうだ。小菅桂子さんの『水戸黄門の食卓』(中公新書)によると、水戸家には外科医であり刀鍛冶である大村加トという人がいて、薬として食すため、また刀の試し切りのために牛を飼っていた。通常、刀のための試し切りは罪人の屍を使うのだが、医師でもある加トは、人間を切らないという主義だったのだ。
加トは、その牛肉を水戸家に献上し、光圀公が喜んで食していたそう。光圀は屋敷に保存用の氷室を用意し、いつでもおいしい牛肉を食べられるようにしていたというから、牛肉への愛着が強かったのだろう。

「ラーメン」ではなく「うどん」を食べていた?!

光圀公の食に関するエピソードに、「日本で初めてラーメンを食べた」というものがある。その内容としてはこうだ。
光圀公は、中国の儒学者である朱舜水という人を厚遇した。舜水は中国の食品や漢方薬剤を光圀公に献上していて、光圀公は、蓮根からつくるでんぷん粉を使って作る麺料理を食べていたという。中国の人から伝えられた中国の麺だから「ラーメン」を初めて食べたという解釈がされたのだろうが、実際、光圀公が食べていたのは中国式の平打ち麺であくまでラーメン風。どちらかというと、うどんに近いものだったようである。しかもその後の研究で、光圀公より以前の室町時代の資料にラーメン(中華麺)が食されていたという記述が発見されている。
いずれにせよ、光圀公の食に対する好奇心が並々ならないものだったことは、間違いないだろう。

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