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なるほどコラム

イノシシは私たち日本人の栄養源

2019年の干支は「イノシシ」。勢いよく突っ走る猪突猛進のイノシシですが、日本では、はるか昔から食用として親しまれていたのです。

イノシシは重要なたんぱく源だった

イラストレーション/漆原冬児

さかのぼること石器時代。狩猟生活を営んでいた日本人は、よくイノシシやシカを食していた。ある調査によると、古代のゴミ捨て場ともいえる貝塚から60種類ほどの哺乳動物の骨が発掘されたというが、その9割以上がイノシシとシカだったというから、これらは身近なたんぱく源であったのだろう。
現存する最古の歴史書である『日本書紀』には、朝鮮半島や中国から日本に渡来した人たちがイノシシを飼って肉を食べていたという記述があり、『古事記』や『万葉集』にも「猪飼(いかい)(猪を飼う職業のこと)」という言葉が頻出していて、イノシシが私たちの先祖の体を作ってくれた、そのおかげで今の私たちがあるといっても過言ではないだろう。
イノシシを家畜化したものが豚であり、現代の私たちが豚肉をこよなく愛し、食べられるのは、古代から人間に栄養を与えてくれたイノシシのおかげなのだ。

「薬喰い」として流行ったイノシシ肉

時計の針を進めて、江戸時代。医師である香川修徳などが、栄養学的に肉の摂取を勧めたこともあって、イノシシの肉を「山くじら」と称して牡丹鍋のように食べるようになった。イノシシ肉を食べることは「薬喰い」といって流行ったと言われている。
幕末になると、この「薬喰い」が盛んになり、そこで登場するのが「ももんじ屋」。「ももんじ」とは、イノシシやシカ、ウサギやサルなどの獣肉を総称した呼び名である。江戸には、入口に「山くじら」という看板を出して営業する店が出来たが、これはイノシシなどの肉を扱う料理屋であった。
日本では、長いこと肉食を禁じられていたが、その間にもイノシシ肉は重宝されていたというから、私たちはイノシシには足を向けて寝られないのである。

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