Project Story 05 本社移転、というブランディング。大阪本社移転プロジェクト

大阪のメインストリート“御堂筋”に面した旧本社ビル所在地は昭和43年当時、誰もが憧れたエリアであり、そこにオフィスを構えることは当社従業員の誇りでもあった。その後、高度経済成長時代に入り、会社の業績も鰻登りに。大阪の地を中心に、ニッポンハムグループは全国に事業を拡大し、大きな発展を遂げたのだった。そんな縁起のいい、多くの歴史と思い出の詰まったビルからの移転をニッポンハムグループは決める。

安心して働ける環境を確保するために。

きっかけは、東日本大震災である。大阪は震度3程度、旧本社ビルも大きな被害はなかった。「けれど、大阪と東日本を行き来する中で、東北の状況を見た従業員もいます。『本社ビルは大丈夫なのか』という声が、次第に聞かれるようになりました(神田)」。
従業員が安心して働ける環境の確保や、決算業務を持つ本社の機能保全を図るといったBCP(事業継続計画)の観点から、また、セキュリティ強化などの面からも、本社および周辺の事業部、グループを新しいビルへ移転することが、検討されるようになった。

「単なる引越に終わらせるな」。

社長も、震災後、同じような想いを抱いていた。移転検討案はすぐ実行に移すことになる。しかし、一つだけ要望が出された。「単なる引越に終わらせないこと。ニッポンハムグループのイメージを発信できる、また、従業員が名実ともに一枚岩になれるような本社をつくること」。
社長の言葉を受け、コンセプトが決まった。「人輝く、食の未来は社員から~NI(ニッポンハムいきいき)プロジェクト」。オフィスデザインは、明るさ、若さを全面に押し出したものに、また、部署を越えたコラボレーションが可能なレイアウトにすることも決まった。

ブリーゼタワーという理想のビル。

移転先のビル探しもスタート。高い耐震性とセキュリティなどに加え、中層階にお得意先を迎えてプレゼンができるテストキッチンがつくれることも条件だった。「従業員からの要望が非常に強かったんです(川口)」。
10数棟の候補ビルの中から、耐震性とセキュリティも万全、テストキッチンもOK、さらに、西梅田のシンボル的ビルで、アクセス至便というブリーゼタワーが、移転先に選ばれた。
2012年1月には、総務部6名を中心とした移転推進チームも発足した。

業者が「非常にタイト」と言ったスケジュール。

移転時期は、できる限り速やかに、なおかつ業務全般に影響の少ない時期ということで、お盆休みと決まった。
「商品パッケージのほとんどに、本社住所の記載があります。いつまでに移転するかということを生産部門に示せないと、適切な生産計画を立てられません(野田)」。実質的に半年強の期間、時期もずらせない。デザインを担当したオフィス什器メーカーにも、「非常にタイトなスケジュール」と言われたほどだった。

もので溢れるキッチンに呆然。

当時、総務部次長だった野田は部署間の調整業務を担当。テストキッチン主幹部署のサポート役を担ったのは川口だ。「地下3階にあったキッチンに初めて入ったときには、呆然としました」と川口。キッチンはもので溢れ返っている。溜まった荷物の処分は?新しく買い揃えるものは?もちろん、独断では決められない。「関連部署のメンバーも、通常業務があります。全員がミーティングに集まることは難しく、意見を取りまとめるために、あちこちを飛び回りました」。
川口は、移転先のビルのルールに沿った新しい社内ルールを推進メンバーと協同してつくった。「推進メンバーで集まっても、連絡漏れや行き違いから、議論が違う方向に進んでしまったり…」。ときには、川口が感情的になる場面もあった。

電話の使い方も部署それぞれ。

神田は社内のネットワーク設備、主に電話網の移転を推進した。「電話の使い方は様々。個人に直接掛かってくる部署もあれば、代表番号に掛かってきて、個人に回すことを普通としている部署もあります」。
だからといって、部署ごとに回線を敷くわけにもいかない。部署の意見を最大限に尊重しつつ、今までの使い方を変えなければならない部署には、新しい使い方を繰り返し周知・提案した。「『やり方は変わるけれど同じことはできる』『こんな便利な使い方もある』といった話を何度もしました」。
他にも様々な壁があった。しかし、総務部メンバーや関連部署が力を結集することで、予定通り、2012年8月から新しい本社で業務を開始することができた。

明るく開放的でフレキシブル。

移転したオフィスは、グループのシンボルカラー、オレンジが散りばめられ、食品企業らしく、全面採光で明るく開放的だ。従業員が自由に使えるリフレッシュエリアもたっぷりある。川口達の手がけたテストキッチンやプレゼンルームは、デモやプレゼンのために訪れるお得意先を毎日迎える。苦労して完成させたルールをみんなが守って、綺麗に利用している光景に川口は大きな達成感を覚えている。
また、机もひとり一つではなく、レイアウトも変えられる。神田が担当した電話は、電話機自体に番号を持っており、どこでもすぐ使うことができ、部署を超えた協業を後押ししている。
ハードは整った。野田は言う。「部署を越えてコミュニケーションできる、このオフィスの移転効果をさらに上げていくことは、部署を横断して業務を行う私たち総務の役目です」。

グループブランドを内外に。

ブリーゼタワー周辺には、ブティックや飲食施設も多く立ち並ぶ。「若い世代へニッポンハムグループの姿をアピールできるようになりました(野田)」。私たちオジサン世代も、服装に気を付けるようになったと神田は笑う。川口も変化を感じている。「いろいろな部署の人と顔を見ながら話せる環境になり、親密さ、仲間意識が強くなりました」。
この本社移転は、確かに単なる引越には終わらなかった。内に外に、今日も本社オフィスからは、日本ハムというブランドを発信している。

Profile : 日本ハム株式会社 総務部長 1987年入社 野田 洋介, 総務部 主査 1988年入社 神田 大輔, 総務部主事 1995年入社 川口 涼子
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