4 未来への挑戦
連載 挑戦者たち -未来の創造者②

前沢賢が語る
「世界がまだ見ぬボールパークをつくる」

さまざまなフィールドで未来の創造に挑むニッポンハムグループの社員が語る本連載「挑戦者たち」。第2回は、「世界がまだ見ぬボールパーク」に挑戦する、ファイターズ スポーツ&エンターテイメント常務取締役事業統轄本部長の前沢賢。野球観戦にとどまらないコミュニティタウンを、ファンやパートナー、地域と共に創る。まだ見ぬ新たな挑戦を続ける原動力はどこにあるのか、その姿勢や仕事に対する想いを聞き、キーワードにまとめました。

ここがゴールではない、まだまだ先へ行かなくてはいけない。

ファイターズ スポーツ&エンターテイメント前沢賢(まえざわ・けん) 常務取締役事業統轄本部長

中央大学大学院戦略経営研究科修了。パソナ、北海道日本ハムファイターズ事業推進部長、パシフィックリーグマーケティング、横浜DeNAベイスターズ取締役事業本部長などを経て、2015年北海道日本ハムファイターズに復職。北海道日本ハムファイターズの取締役も務める。

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2023年3月、エスコンフィールドHOKKAIDOを核としたエリア、北海道ボールパークFビレッジが北海道北広島市に開業した。この事業をけん引してきたのが前沢だ。23年末までの295日間で約346万人が訪れ、その間に、来場者やスタッフからの声に応えて行った改良、改善は大小含め100件以上。思い描く共同創造空間に向かって歩みを止めることなく、挑み続けている。

KEYWORD1 現状維持はリスク。非連続の成長に向けて舵を切る

── 新球場建設構想を当社が正式発表したのは2017年です。札幌ドームを何年も使わせていただき、そのままの状態で球団経営を続けていても、前年比でプラス3~5%ぐらいの継続的な成長は見込めたと思います。しかし、野球というスポーツの将来を考えたとき、その程度の成長では不十分。北海道というエリアへの貢献という意味でも、ニッポンハムグループに対してももっと大きな価値を創出するという意味でも、非連続の大きな成長が必要だと考えています。そこに向かってどう舵を切っていくのか。そう考えたときに、ファン、パートナー、地域が共創できる球場を創ろうと考えました。
新しいものをつくることのリスクを指摘される方もたくさんいましたが、むしろ現状にとどまっていることのほうが、大きなリスクだと思ったのです。

KEYWORD2 1ミリの引っ掛かりも蔑ろにしない

当初、人口190万人強の札幌市から6万人足らずの北広島市への移転、しかも球場を含む約32ヘクタールに壮大なまちをつくるプロジェクトに対し、疑問視する声も少なくなかった。

エスコンフィールドの内観
写真:©H.N.F.

── 新たなボールパークを作り、そこを起点にまちづくりを行うというこのプロジェクトについては、役員の賛同もありましたし、これまで一緒にやってきた心強い三谷さん(仁志、取締役事業統轄副本部長)もいたので、できないと思ったことはありませんでした。

当初「できるわけがない」という否定的な意見を持つ人も周囲にもちろんいましたが、彼らは基本的に自身の経験則、もしくは自分の価値観に基づいて判断されていた印象です。私たちは北米を中心にスポーツ施設やそこを軸にしたまちづくりの事例を徹底的に研究し、成功に至る道筋を詳細に描けていました。そこをロジカルに説明すれば、いずれ理解してもらえると。実際、私たちが信頼する経済人や地域で活躍する人たちにプロジェクトの説明を行い、それに対する意見を聞きに行くと、皆さんやった方がいいと言ってくださって、背中を押してもらいました。

私はこう見えても心配性なのです。ですから、不安に思ったことや自分一人では解決できない問題はできるだけ人を訪ねて相談して、1ミリの引っ掛りのない状態にするということを徹底してビジネスを進めてきました。アグレッシブな数値目標もあったので、安穏としていられるとは全く思っていませんでしたが、あらゆる情報をドキュメント化した上で「疑問を解消するために人に尋ね、その疑問を解消する」ことを繰り返すことで、事業に対する不安を次第に確信へと変えることができたと思います。

当社はプロ野球関連事業をしている会社ですが、プロ野球だけの1本足打法では将来的にリスクがあると思っていました。野球に興味があるなしに関係なくいろいろな方々が楽しめる場所にしたい、そのために球場とこのエリア全体の32ヘクタールの土地があるのだと思っています。球場は90%ぐらいできていますが、周辺はまだ私たちが考えている街の姿の30%ぐらいしかできていません。ここがゴールではない、まだまだ先へ行かなくてはいけません。

KEYWORD3 夢を描かず、目標を設定する

開業した23年。目標を大きく上回り、9月末までに来場者数が300万人を突破。野球観戦以外の来場者が33%を占め、試合のない日でも平日4,500人、休日1万500人規模の来場者があった。24年6月には北海道ボールパークFビレッジ の来場者数は500万人を突破している。
球場・そして街をゼロからつくる。その夢のような構想を実現した裏にはどのような信念があったのか。

Fビレッジ内では、野球以外にも様々なイベントが行われる。写真はヨガ教室
写真:©H.N.F.

── 新しい球場がオープンして、入場者数はもちろん、売り上げ・利益とも順調に推移しています。大きなプロジェクトを成功させるためには、全社員で同じ夢を思い描くことが重要などと言われることがあります。私自身も様々なインタビューで「夢を叶えるにはどうしたらよいのか」というご質問をいただくこともあります。

ただ私自身、今回のプロジェクトについては、そもそもそれが夢とは思っていませんでした。「夢」というのは素晴らしい言葉でありながら、どこか達成しなくても言い訳できる言葉に思えてしまう。「新球場をつくろう!」と言っても、周りはできない理由を探していましたが、当社はどうしたらできるのかを考えていた。私たちにとっては、歩み続けて必ず到達すべき山頂と同じ、夢ではなく達成すべき目標だったのです。

私は、人間が想像できることは実力・サポート・運があれば必ず達成できると思っています。実現可能な目標にどうやったらたどり着くかで、重要になるのは人材です。当社には素晴らしい人材がたくさんいますし、働いている人の頑張りが想像以上にありました。そうした結果が今に帰結しているのだと思います。

KEYWORD4 柔軟に、そして「エッジ」は守り続ける

Fビレッジには日本最大級の子どもの遊び場やドッグラン、クラフトビールを扱うブルワリーレストラン、天然温泉・サウナ、キャンプ場などさまざまなアクティビティや施設がある。さらに28年新駅開業に向け、地域に開かれた街づくりを目指すプロジェクトもスタートした。
社内の協力者やファン、自治体や地元の住民、そしてパートナー企業と連携することで初めて実現する街づくり。そこには「他者の意見を柔軟に取り入れ、頼る姿勢」と「核となるエッジの効いたコンセプトを守り抜く姿勢」の両方が必要になると言う。

写真:©H.N.F.

写真:©H.N.F.

── 組織にはマネジメントと非マネジメント層が存在しますが、当社のようなベンチャー企業では、マネジメントだけをする人間では意味がありません。自身も戦略をたて、周りを巻き込んで実行できない者に、若い人はついてこないし、企業としての勢いも出てきません。誰もがチャレンジするのが当たり前の会社ですから、挑戦という言葉すら出てこない。どの層も関係なくいいと思ったら提案するし、担当者を含め複数で合意したら、やると決めています。

例えばFビレッジに、さまざまな施設をいったんは作ることはできましたが、その施設を運営し続け、ここからさらに多くの人々を巻き込んで「共同創造空間」にしていくためにはこれからの努力が欠かせません。社内の意見だけでは不十分。来場者の皆様が知っていることも感じることも絶対多いはずですから、そういう意見を聞きたいと話していたら、当時27歳の社員からSNSを使ったらどうかと提案があった。今X(旧Twitter)で、「#Fビレッジおじさん」「#聞いてよFビレッジおじさん」で、来場者が感じた困りごとをつぶやいてもらっています。
ホームページから寄せられる何百件という企業へのお問い合わせメールについても、私と事業統轄副本部長の三谷さんは毎日すべてをチェックしています。Fビレッジをもっと良くするために参考になるご意見もたくさんありますし、時には様々な企業からの協業の依頼もやってきて、ここから案件が事業化したケースもあります。

普通は多くの人の意見を参考にする中で、また企画提案を下から上げて行く間に、事業アイデアというのは揉み過ぎて丸くなりがちですが、当社の場合、途中で丸くしていく人たちがいない。ある意味、危うさでもあるのかもしれませんが、失敗したら止めればいい。成功確率よりも数が重要であるという考え方です。アイデアのエッジが取れたら意味がない、もはやアイデアではなくなってしまうので、エッジは取らずに守り切ると決めています。

この球場で言えば「回遊性の高さ」がそのエッジの1つ。約2万9000席という席数はこの規模のスタジアムとしては少ない席数ですが、それ以上に「人々の移動がしやすい」ことを大切にしました。お客様はずっと試合に張り付いている方ばかりではありません。お土産を買ったり食事を買いに行ったりトイレに行ったりと、ストレスなくこの空間にいることを楽しんでいただくためには欠かせないコンセプトだったのです。

KEYWORD5 足かせを作らず自由度が高い環境を作る

ファイターズ スポーツ&エンターテイメントには、銀行や商社、メーカー、IT企業や国家公務員など多種多様なキャリアやバックグラウンドを持つ若い人が、共に挑戦し「世界がまだ見ぬボールパーク」を発展させるために、集っている。

── 50歳の私が会社にいられるのはあと10年くらいですが、例えば27歳の社員は少なくとも30年以上ある。私の3倍です。未来の時間に置き換えれば、はるかにコミットメントの度合いが高いのです。若い人の意見が、全ていいと思っているわけではありませんが、聞くに値するのは間違いない。だから若い人たちは、スピークアップしてどんどん上に進言すべきだと思っています。

当社では、役職を飛び越して相談もしくは決裁を取りに行っていいと全員に伝えています。中には嫌がる人もいますが、誰かを飛び越して私のところに来てもいいし、私を飛び越して小村球団社長に決裁を取ってもいい。飛び越したとしても、小村社長も私も必ず話します。その信頼関係があるから問題ないのです。

社内はもちろんですが、ニッポンハムグループ、ファイターズ、北海道、業界のいずれにも足かせを作らず、将来の幹部や職員にとって自由度が高い経営・運営をできるようにしておくことが、私は重要だと思っています。経験は武器にもなりますが垢となって足かせにもなるもの。発想や想像力は決して経験だけではもたらされないものですから。

KEYWORD6 ビジネスは9対9で戦うルールではない

── 人は誰しも不完全です。私自身も自分の不完全さを自分なりに理解しているので、ひとりでやろうとは思いません。野球みたいに9対9で戦うなんていうルールがないのが、ビジネスですから。1人でやるより2人、より多くの人と行う方が事業の成功確率は高まりますし。自社だけよりもいろいろな会社があった方がいい。輪が大きくなれば、知見も多くなります。解決できることの幅も量も増えるじゃないですか。どうしてみんな小さくやろうとするのか、そのことの方が逆に不思議です。

関係者が多くなると、情報管理がリスク要因とみなされることもありますが、それは可視化されないリスクで、言ってもキリがない。この人たちとやると決めたら「覚悟」の問題と割り切っています。いろいろな人たちと会話していった方が圧倒的に使えるリソースが増えますし助けてくれます。成功の確率は上がると思っているので可能な限り、リスクも含めて情報を伝えることを意識しています。

ただ、戦略だけは自前で描く。コンサルティング会社などに自分たちが書いた戦略をどう思うかについての意見を聞くこともありますが、他人の戦略は使いません。自分たちのほうが自分たちの事業のことをずっとわかっているはずですから。

KEYWORD7 取り繕わない、本音でぶつかる

ファイターズ スポーツ&エンターテイメントは、2019年に新球場を保有・運営する新会社として設立。新球場の投資額は600億円に上る。

── このプロジェクトを進め承認してもらうためには、都合の悪いことも含め全て日本ハム本体に話す必要がありました。それまで大社啓二さん(元・日本ハム相談役)の傘の下でやらせてもらっていたのですが、自分たちが前面的に出ていくことになり、全く異なる文化を持つ日本ハムの方々と対峙しなくてはなりませんでした。ここでも大事なことは「オープンに、取り繕わないこと」でしたね。事業計画を進めるに当たっては、例えば鉄道の駅がオープンには間に合わず、鉄道利用のお客様にはご不便をおかけしてしまうなど、ポジティブではない情報も含めてすべてを伝えるように努めたことが、結果的に少なからず信頼を得られたと思っています。都合の悪い情報をごまかそうとしてもどこかでボロが出てしまうので、全部を正直にさらけ出し、あらゆる情報をドキュメント化して説明していきました。

今、私がやらなければいけないことは、エスコンフィールドをつくらせてもらった恩義を返していくこと、井川社長を筆頭に惜しみないサポートをしてくれている人たちの期待を裏切らないこと、この2つに対してできることと言えば、きちんと成長戦略を描き収益貢献をしていくことだと思っています。

その上で、多くの方々が集まるこのFビレッジを活用いただき、地域の皆様やグループ内外を含むさまざまな企業の皆さまとのアイデアを形にできればと思います。

そして、おじさんたちはプロ野球文化を理解してくれていますが、日本の若い人たちはそういう文化がなく育っている方も多い。キャッチボールすらしたことがない人がたくさんいます。ですから、多くの若い方に「ファイターズやるね!」「ファイターズは必要だよね」と胸を張って言ってもらえるような価値を追求したいと思っています。(私もおじさんですが。。。)

─ 最後に質問です。前沢さんにとって「挑戦」とは? ―

自分の人生なのに、なぜ豊かにしようと自分から切り拓かないのか、切り拓かない方が不思議です。このプロジェクトに関して言えば、連続的な成長を捨てて、非連続の成長、ある意味飛び地戦略は勇気もいることでしたが、懐の深いパートナーや最高の仲間たちが隣にいて、一生懸命で優秀なスタッフも数多くいる。そんな会社・環境で現状維持に甘えていては罰が当たります。戦える状況であれば挑むのは、ビジネスパーソンとして当然だと思っています。

前沢さんの似顔絵
人生1回きり。挑戦しないなんて、あり得ない。 前沢賢
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