1 たんぱく質の選択肢を増やす

生命(いのち)の恵みを最後まで使い切る
日本ハムの豚活用の取り組み

ニッポンハムグループの事業の源泉は、牛や豚、鶏などさまざまな生命(いのち)の恵みです。これらの生命を一切無駄にすることなく、大切に使い切ることを心がけて日々食肉や加工品を生産しています。その取り組みを、ニッポンハムグループの一員で国内最大規模の養豚事業者でもある「日本クリーンファーム株式会社」、そしてその豚の処理・加工を担う「日本フードパッカー株式会社」の2社の代表取締役社長を兼任する吉原洋明氏に伺いました。

日本クリーンファーム株式会社
日本フードパッカー株式会社
吉原洋明(よしはら・ひろあき)代表取締役社長

1985年日本ハム入社。知床ファーム、日本ホワイトファームの生産部門で鶏事業に従事。2003年に日本ホワイトファーム札幌事業所所長、札幌工場長に着任。2013年に日本フードパッカー青森工場長。2016年にホワイトファームの社長に就任し、2021年からは現職。

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豚のあらゆる部位を無駄なく活用する

1頭の豚から、どれくらいの量のお肉が取れますか?

「正肉」と呼ばれる肉として販売されるのは全体の4割強。内臓やエキスの元となる骨など副産物を合わせると、8割以上が食用として利用されます。

日本では、成体の豚はおよそ120kgです。そのうち約65%の78kgが枝肉(頭部や尾、肢端や内臓などを取り除いた骨付きの肉)として一般に流通します。これら枝肉のうちの50~55kgがさらに取り分けられ、私たちがよく精肉店やスーパーなどで見かけるお肉である「正肉(しょうにく)」として販売されています。ただし、枝肉から正肉にするにあたって取り除いた脂なども、ひき肉に利用されたり、食用の脂身として飲食店向けに販売したりと、無駄になることはありません。

枝肉以外の残り35%の部分、つまり骨や皮、内臓といったさまざまな副産物も、もちろん食用として活用します。骨は煮出してスープに。内臓は、食用として利用できるのが11kg~12kg程度。腸や心臓、レバーなどが食用として人気です。皮は食用にするほか、コラーゲンの原料になったり革製品の材料になったりと、非常に応用範囲の高い素材です。そして一部の臓器は健康食品の原料としても利用されています。下の図を見ていただくと、その活用範囲の広さに驚かれると思います。

枝肉や内臓、骨、そして血・皮まで。豚はあらゆる部位に用途がある。

豚の画像をクリックすると用途説明がでます。
もう一度クリックすると消えます。

豚はまず、枝肉として市場に出る(豚の重量全体の約65%)

成体の豚肉の重量はおよそ120kg。そのうち内臓や皮を取り除いた後の約65%、78kgほどが枝肉となる。枝肉からさらに以下の部位に取り分け、この取り分けた肉を「正肉(しょうにく)」と呼び、その重量はおよそ50kg~55kg程度となる。取り分けた際に出た端材の肉や脂は、主にひき肉の材料となる。

飲食店など専門の取引先に内臓を卸す(豚の重量全体のうち約10%)

豚を枝肉にする際に取り除かれた内臓は、上の絵の通り、ほとんどの部位が食材として使われる。重量にすると11kg~12kg。ホルモン焼きや焼肉、モツ煮込みの材料となる場合がほとんど。内臓は摘出後10分以内に冷却・洗浄・パッキングする必要があるなど鮮度が求められるため、事前に注文を受けての受注生産となる。注文がなく出荷できなかった内臓は化成工場に送られ、油脂や飼料として利用される。

骨は主にスープとしてほぼ全ての部位を活用

骨は各種スープ、ラーメン用のスープの出汁としてほとんどの部位が利用され、エキス工場やラーメン店、中華料理店に卸される。
日本ハムグループでエキス製造を行っている日本ピュアフードなどでは、エキスを抽出したあとの「だしがら」となった骨は、砕いてスープに溶け込ませて風味付けに使ったり、肥料や飼料として活用する。

皮や血液、そのほかの部位の活用も進む

正肉、臓器、骨以外の部位も余すことなく有効利用されている。例えば処理中に豚から出る血液は効率良く消化吸収できる「ペプチド飼料」として子豚や母豚の栄養補給に。皮は医療用コラーゲンなどに。豚の臓器が人と親和性が高いこと、また入手しやすいことを利用して、近年は豚の副産物が各種機能性食品素材や医療用の素材などとして使われ始めている。

反対に、やむを得ず処分している部分はありますか?

基本的にはすべての部位を活用しています。

食用として出荷できなかった部分は、化成工場に運ばれて油脂やミール(牛や豚、鶏などの飼料)の原料になります。「食品として出荷するか、油脂やミールの原料にするか」の別れ目は、そこにかかるコストの問題です。例えば、豚の内臓を食用とするには、内臓摘出後10分以内に冷却して洗浄、パッキングを行うなど、厳しい条件をクリアする必要があります。手間がかかり人手も要するので、取り引き先から要望があった場合に対応することがほとんどとなります。内臓は季節によって需要がかなり変化することもあり、食用として有効な活用法を探るのがこれからの課題です。豚ではありませんが、鶏のレバーを使った「グラフォア」は、こうした課題を解決できた好例の1つですね。

機能性を有する食品原料や医療素材としても活用が進んでいると聞きました。

中央研究所を中心に、さまざまな活用法を研究中です。

有名なのは、豚をはじめとした哺乳動物の胎盤である「プラセンタ」。九州の直営農場では年間約5000頭の豚の分娩を行っており、そこで出てくる胎盤の一部、および社外から仕入れた原料を使って「P-プラセンタエキス」という名前で商品化しており、美容ドリンクやサプリメントの原料に用いられています。
そのほかにも、ニッポンハムグループでは中央研究所を中心に畜産をベースにしたさまざまな機能性を有する食品原料を開発・研究中です。

また、豚の臓器や靱帯はヒトに比較的近いと言われており、多くの大学や研究機関で臓器再生医療をはじめとした再生医療の研究に活用されています。例えば豚の舌咽神経をヒトの負傷した靱帯や半月板と置き換える研究を進めており、この研究に向けて当社も豚の首の部分を提供しています。
そのほか私たちにとって身近なのは、豚の顎骨でしょうか。歯科医師などを対象とした歯周外科の実習で利用されており、歯科医師さんのスキルアップに貢献しています。

豚のおいしい食べ方・楽しみ方

豚肉の場合、特別稀少な部位や高級な部位はありますか?

豚は牛よりサイズは小さいので、現状は牛のような稀少部位という概念はありませんが、ぜひ食べていただきたい部位はたくさんあります。

牛肉は、シャトーブリアンや上カルビ(トモサンカク)、ザブトンなどが希少部位として知られていますね。しかし豚は牛ほどサイズが大きくないので、牛ほど細かく部位分けがされていないため、稀少部位という概念がないのが現状です。
とはいえ、牛と似たような筋肉はあります。例えば、横隔膜の筋肉であるサガリとハラミ。牛の場合は、腰椎側をサガリ、肋骨側をハラミとして区別していますが、豚の場合はどちらもハラミとして一括りにされているケースがほとんど。とはいえ食感の違いはあるので、機会があれば食べ比べてみると良いでしょう。
このように、1つの部位でも位置によって味や食感が異なるケースはたくさんあります。例えば、背中部分の筋肉であるロースも、ロース主芯、ロース副芯、ロース被り(かぶり)、バラ被りの4つに分類することができ、それぞれ味と食感が異なっています。特に通なのはロース被り。ロース被りは豚肉1頭あたり1kg程度しかなく、豚肉の旨味がぎゅっと凝縮されていると言われている場所です。

タンも、タン元とタン先では食感が違っていて、タン元はより脂が乗っていてジューシー。そのため、焼きトン屋などではタン元をより高い価格で提供することが多いようです。

豚のホルモン焼きや「やきとん」を食べる機会があった時に「絶対に食べた方が良い」部位はありますか?

私のおすすめは、豚のレバーに網脂(あみあぶら)を巻いた「アミレバ」というメニュー。

網脂とは、豚の内臓の周りにある網状の油のこと。これとレバーを組み合わせることで、レバーのパサパサ感が緩和されて、ジューシーな味わいになります。網脂の摘出には高い技術が必要なので、その分価格も高くなります。
希少という意味では、豚の内臓はすべてが希少部位かもしれません。先ほどもお話したように、豚の内臓摘出にはかなりの技術と手間がかかるため、一部のお店でしか取り扱いがありません。もし見つけたら、ぜひ注文してみてください。

持続可能性への挑戦

豚の飼育事業におけるアニマルウェルフェアへの対応状況を教えてください。

妊娠フリーストールなどの設備導入、人材教育の充実や社内ルールの整備など、ハードとソフトの両面を充実させていく計画です。

アニマルウェルフェアとは、「飼育中の家畜のストレスや苦痛を減らし、快適性に配慮する」という考え方。ニッポンハムグループはこの考え方に賛同し、2021年にはアニマルウェルフェアの基本原則である「5つの自由」を推進するための基本方針・指針として、「ニッポンハムグループアニマルウェルフェアポリシー」および「ニッポンハムグループアニマルウェルフェアガイドライン」を定めました。さらに2030年度までの取り組み目標を明確化しました。

アニマルウェルフェアの取り組み目標

施策 妊娠ストールの廃止(豚) 処理場内の係留所への飲水設備の設置(牛・豚) 農場・処理場への環境品質カメラの設置
指標 2030年度までに国内全農場※で完了 2023年度までに国内全処理場内※に設置完了 2024年度までに国内全農場・処理場に設置完了
進捗 (2024年9月時点) 9.5% 〔牛〕100.0%
〔豚〕100.0%
〔牛処理場〕100.0%
〔豚処理場・農場〕100.0%
〔鶏〕100.0%

※ニッポンハムグループが資本を過半数保有する企業が対象

日本クリーンファーム内の妊娠豚舎

妊娠ストールとは、妊娠した母豚を1頭ずつ囲う柵のこと。これまで日本の養豚場では、妊娠した母豚を柵の中で育てる「妊娠ストール飼育」が一般的でした。日本クリーンファームでは、妊娠豚舎内を母豚が自由に歩きまわれる「フリーストール豚舎」を2021年から一部の農場に採用。母豚のアニマルウェルフェア向上に取り組んでいます。
2023年から2024年にかけて、繁殖農場と肥育農場をそれぞれ東北で竣工しました。
こちらの農場でも妊娠ストールを廃止するなどの取り組みを進めています。その結果、2025年には妊娠ストールの廃止も20%を超える見込みとなっています。

フリーストールは、母豚が自由に動き回れるような広いスペースを確保し、飼育するので、こうした取り組みにはこれまでより多額の設備投資が必要です。

アニマルウェルフェアの取り組みには相応のコストがかかり、そのコストはどうしても流通する豚肉および加工品の価格に転嫁されてしまいます。そのため、アニマルウェルフェアの推進には、消費者の皆様へのメリットをどこで出すかをきちんと考えること、そしてアニマルウェルフェアへのご理解をいただくことが何よりも重要だと考えています。

太陽光発電等再生可能エネルギーの活用について教えてください。

北海道空知郡南幌町(そらちぐんなんぽろちょう)の土地(約3.3ha)に太陽光発電を設置し、2024年12月1日から北海道内の自社養豚場への電力供給を開始しました。

今回設置する太陽光発電の発電能力は2,600kWあり、それらは北海道内のニッポンハムグループの養豚事業所に供給されます。これにより、年間約1,000tのCO2排出削減が見込まれます。
ニッポンハムグループは、持続可能な畜産を目指しており、その取り組みの一つとして、燃料・電力の使用や家畜飼育時に排出される温室効果ガスを実質的にゼロにした農場、いわゆる"カーボンニュートラル農場"の実現に挑戦しています。
燃料・電力由来の温室効果ガスに対しては、太陽光発電によるエネルギー自給やエネルギー利用の効率化を推進し、今回の太陽光発電設置はまさに"カーボンニュートラル農場"への第一歩となります。

日本の養豚業における課題は何ですか?

輸入飼料から国産飼料への転換が今後の課題です。

日本クリーンファームでは、豚の糞を発酵・乾燥させてつくった固形肥料の製造・販売も行っている。

日本の畜産業にはさまざまな課題がありますが、その中の1つに飼料の問題があります。農林水産省がまとめた「食料をめぐる情勢」によれば、2022年度における日本の飼料自給率は飼料全体で26%。豚の主食である濃厚飼料にいたっては、たったの13%しかありません。
濃厚飼料の主原料はトウモロコシや小麦で、そこには多くの輸入飼料穀物が使用されています。昨今は異常気象や紛争などの影響で、輸入飼料穀物の価格が高騰しています。養豚事業では、できるだけ多くの消費者の皆様に豚肉を安定供給していくために、外国穀物の出来高・為替・フレート(タンカー運賃)などに影響されにくい国産飼料の活用も図っていく必要があるでしょう。

これからの時代に最も相応しいのは、資源を再利用して自然への負荷を軽減する「循環型農業」です。豚の排泄物を有機肥料に変換し、その肥料で野菜や小麦を生産する。そこでできた野菜や小麦を飼料に変換し、豚の飼育に役立てていく…。
日本クリーンファームでも循環型農業へのチャレンジを2023年度から行っています。かなりの手間とコストがかかっておりますが、循環型農業はSDGs(持続可能な開発目標)やCSR(企業の社会的責任)にも寄与する重要な取り組み。やり続ける価値はあると考えています。

食肉事業の中で今後チャレンジしたいことはありますか。

「薄脂(うすし)の豚」の生産拡大に挑戦したいです。

日本フードパッカーでは、養豚事業の生産・流通体制の強化と輸出拡大を目的として、2024年1月に道南工場(北海道二海郡八雲町)を新設しました。これにより、養豚事業にも新しい可能性が広がってきています。
例えば、道南工場はスチームシャワーによる最新式の脱毛方式を採用しており、皮付きの正肉を製造することが可能になりました。そこで私が注目しているのが、脂肪の少ない「薄脂(うすし)の豚」です。これまでの養豚事業では、豚に対してある程度の脂肪を蓄える必要がありました。薄脂の豚は「スライスするのが難しい」という理由で、価格を下げて取り引きされていたからです。しかし、皮付きの枝肉ならば少ない脂身でもスライスしやすい可能性があります。薄脂の豚は通常の豚に比べて少ない飼料で育てられるため、日本における飼料問題を解決する可能性も秘めています。皮付きの豚肉の文化を北海道から発信できないかと考えています。

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