国産豚をもっとおいしく、もっと魅力的に
豚の食肉事業のいまとこれから
世界的にも品質が高いと評価される国産豚。実はまだまだ進化を続け、さらなるおいしさの可能性を秘めています。豚を大切に育て、その魅力をさらに磨き上げていくために、ニッポンハムグループではどのような取り組みを行っているのか。グループ内で国内最大規模の養豚事業者である「日本クリーンファーム株式会社」と、その豚の処理・加工を担う「日本フードパッカー株式会社」。この2社の代表取締役社長を務める吉原洋明氏に伺いました。


日本クリーンファーム株式会社
日本フードパッカー株式会社
吉原洋明(よしはら・ひろあき)代表取締役社長
1985年日本ハム入社。知床ファーム、日本ホワイトファームの生産部門で鶏事業に従事。2003年に日本ホワイトファーム札幌事業所所長、札幌工場長に着任。2013年に日本フードパッカー青森工場長。2016年にホワイトファームの社長に就任し、2021年からは現職。
心をこめて、生命(いのち)を磨く
──日本クリーンファームと日本フードパッカーについて教えてください。
日本クリーンファームは、ニッポンハムグループの飼育・生産を担っている会社です。全国で24農場(預託農場含む)を運営しており、国内シェアの約4%にあたる年間約60万頭の豚を出荷しています。
日本フードパッカーは、グループの農場および国内の生産者が育てた豚と牛の処理・加工を行う会社です。スローガンは「心をこめて磨きます」。これには「真心をこめて命(いのち)を頂く」という思いと、骨を肉からそぎ取る高度な技術力という二つの意味が込められています。
日本の豚肉の特徴は、諸外国に比べて求められる品質水準が高いことです。その背景には、豚肉の利用方法の違いがあります。欧米では豚肉をハムやソーセージ、ベーコンといった加工食品の素材として用いるのが一般的です。一方、日本では、カット・スライスした状態で販売する「テーブルミート」としての利用が主流です。そのため、量販店も豚肉の質を重視します。
豚肉の質は、生産・飼育の方法によって大きく変化します。ニッポンハムグループの事業は、国内外の自社農場で安心・安全な家畜を生産・飼育することから始まっています。
日本における養豚事業の難しさ
──吉原社長は、日本の養豚事業をどのようにお考えでしょうか。
近年、日本の養豚事業は難しい状況に置かれており、様々な課題に直面しています。農林水産省がまとめた「わが国養豚農業をめぐる情勢」*1によると、2022年の肥育生産コストは対前年比約14%増。養豚経営から離脱した農家数は133戸で、そのうち約1/4が「経営不振/悪化」を理由にしています。日本における養豚農家の多くは、「肉豚経営安定交付金(豚マルキン)*2」という農業補助制度を活用することで、なんとか経営を成り立たせています。
日本における養豚産業の難しさには、大きく2つの要因があります。
1つは、正肉(しょうにく)の卸売価格の相場がないことです。豚や牛は枝肉の状態でせりにかけられる枝肉相場を採用しており、その時々の需要に応じて価格が決まります。この相場変動により、安定した収益確保が難しい状況が続いています。
もう1つは、豚の重量と背脂肪の厚さの範囲による「指標」があることです。豚は外観と肉付きをもとに「極上」「上」「中」「並」「等外」の5段階に分類されます。日本食肉格付協会の「豚枝肉取引規格」では、上規格の豚枝肉は「皮はぎ68kg以上83kg以下、湯はぎ74kg以上89kg以下」と定められており、この範囲を外れると規格外となってしまいます。上規格の枝肉を出荷するためには、豚の出荷体重を120kg前後に抑える必要があります。
三元豚の原種である「ランドレース」は約240~330kg、「大ヨークシャー」は約350kgにもなります。豚の生産コストを下げるには、1頭あたりの飼育期間を短縮して枝肉の重量を上げていくことが重要です。ボクシングで例えるなら、世界の豚はヘビー級、日本の豚はライト級で勝負を強いられているようなものです。世界で競争力を高めていくためには、上規格の重量基準を見直していく必要があると考えています。
知っていますか? 三元豚
スーパーやお肉屋さんでよく見かける「三元豚」。この名称は豚肉の銘柄やブランドではなく、3種の品種を掛け合わせた三元交配豚を指します。日本では、ランドレース種(♀)×大ヨークシャー種(♂)から生まれた雑種(♀)と、デュロック種(♂)を交配したものが主流です。これらの品種を組み合わせることで、各親の良い特徴を併せ持った豚を生み出すことができます。
おいしい豚肉はどんな味?
──豚肉のおいしさは、どのように決まるのでしょうか。
豚肉の格付けは重量と背脂肪の厚さをもとにした指標ですが、おいしさを決める要素はそれだけではありません。
豚肉のおいしさを表す上で最も分かりやすい指標は、グルタミン酸やイノシン酸といったうま味成分です。それに加えて、近年は柔らかくジューシーな肉質が好まれる傾向にあります。とはいえ、おいしさの基準は人によって千差万別です。「口の中でとろけるような脂の乗った肉が好き」という人もいれば、「歯ごたえのある引き締まった肉が好き」という人もいます。
そこで私たちは、皆様の好みに応えるために、豚肉のおいしさを数値化することを目指しています。
例えば米国にある世界最大の種豚会社「PIC(Pig Improvement Company)」は、豚肉の品質における最終的な基準を「食味(柔らかさ、ジューシーさ、風味)」と定義し、「間接的な測定」「直接的な測定」という2カテゴリで品質を測定しています。
間接的な測定
pH | 筋肉/食肉の酸性度 |
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肉色 | 赤筋/赤肉の色の主観的な測定 |
保水性 | 筋肉/食肉の保水性 |
締まり | 筋肉や筋肉群の締まり |
マーブリング/IMF | 筋肉中の筋肉内脂肪(IMF)レベル |
温度 | 温度低下率(屠畜後の代謝とpH低下を制御するため) |
直接的な測定
剪断力価* | 豚肉の柔らかさの直接的な測定 pH、ジューシーさ、風味との相関 |
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官能評価 | パネリストによる食味のテスト |
こうした測定を参考にしながら、豚肉のpHや柔らかさの幅、肉色や締まりなどを数値化し、その品質に応じて豚肉のブランド化をしたいと考えています。例えば野菜や果物には、高糖度を売りにしたものも多くありますよね。一般的なトマトは糖度6程度ですが、糖度10以上のものは「フルーツトマト」としてブランド化されています。こうした試みと同じようなことを、豚肉でも実現させたいと考えています。
その最初の取り組みとして、2024年8月に、フードパッカー青森工場はいまご紹介したPIC社の肉質ベンチマーク調査に協力しました。PIC社では、肉質の世界標準を測ることを目的として、世界各地の工場が出荷している豚肉の枝肉、カット後のロースおよびモモを対象とした肉質検査を実施しています。青森工場で処理された豚肉は、2024年末現在、肉色部門において世界48工場中で1位、肉締まり部門では2位を獲得しました。
──和牛も、サシが入ったものは「霜降り肉」として重宝されていますよね。
赤身肉に網の目のごとく入ったサシ。英語では「マーブリング」と言うのですが、最近はこのマーブリングを人工知能(AI)を活用したカメラを用いて計測する技術が進んでいます。牛ではすでに製品化されたものがありますが、この技術を豚にも応用しようと大学と共同開発を進めております。
実は豚は、個体によって肉質にも大きな差がある生き物。豚は平均165日前後で成体120kgになりますが、その日数は個体ごとに異なります。165日ちょうどで成体になる個体もいれば、140日程度で一気に成体になる個体もいる。生育期間に1ヶ月以上の差があるのに、同じ肉質であるわけがありません。
実は生育期間が長い個体の中には、きれいなサシが入っていることもあります。しかし現状では、工場ではサシが入った個体とそうでない個体を区別しておりません。そのため、どちらも同じ個体として工場から出荷されています。サシが入った豚肉は、普通の豚肉よりも柔らかくてジューシー。「霜降りの豚肉」としてプロモーションすることで、新しい価値を提案できるのでは、と期待をしています。
豚肉の味わいが数値化できれば、消費者の皆さまも自分好みの食肉を探しやすくなります。また「この数値が高い豚肉はソテーに適している」「煮込み料理に適している」など、肉質に合わせた調理方法の提案も可能になると考えています。

──国産豚肉「麦小町®」など、飼料によって味わいを特徴付けたブランドもあります。
ニッポンハムグループの「麦小町®」は、麦類やハーブ類など、植物性主体の飼料で育てた銘柄豚です。一般的な豚肉と比べて、うまみ成分であるグルタミン酸が約1.6倍(*1)、ビタミンB1が約1.5倍(*2)含まれているのが特長です。
そのほかにも、ガーリック粉末を添加した飼料で知床の大地で愛情込めて育てられた「知床ポーク」や、“しょうちゅうかす”や“麹菌発酵飼料”を添加した飼料で育てた「高城の里®」などの銘柄豚があります。
このように、豚肉の味わいを変えるには飼料の配合を工夫することが一般的でした。とはいえ配合飼料の価格は上昇しており、養豚事業家にとっては難しい状況が続いています。そのため、将来的には餌によるおいしさの提案だけでなく、別の形でおいしさを提案する必要があると考えています。
日本栄養・食糧学会 遊離アミノ酸データベース 大型種豚肉 ロースと畜後6日後の数値比較結果より
日本食品標準成分表2020年版 大型種豚肉 ロース数値比較結果より
これからの工場は、省人化・省力化が進む
──2024年1月に、北海道の八雲町にと畜場とカット場を併設した「道南工場」が新設されました。この工場の特徴について教えてください。

日本フードパッカー 道南工場
道南工場では、食肉処理行程のシステム化や機械による自動化を進めており、処理能力が約40%向上しました。同工場の稼働により、道南工場の年間処理頭数は36万7,500頭規模(1日に1090から1500頭へ)に拡大する見込みです。
これまで処理工場は空調のコントロールも難しく、夏場は過酷な室内環境でした。今回の道南工場には最新の施設・設備を導入しており、空調のコントロールも含めて職場環境の改善も実現できました。と畜・内臓処理ラインのドライ化、各ラインの省人化・省力化を図りながら、アジア圏への豚肉の輸出拡大を目指しています。
──最新の施設・設備を導入したことで、従業員の働き方はどのように変化しましたか。
と畜場に輸送された豚は、以下のような手順をたどり、製品として出荷されます。
道南工場では、STEP 03の「と畜・解体」に加えて、STEP 08の「三分割」、STEP 09の「除骨」の各工程に最新の設備を導入しました。

豚代分割装置 写真提供:前川製作所
「三分割」とは、冷却した枝肉をカタ/ロース・バラ/モモに分割する工程です。これまでこの作業には2人の作業員が必要で、数十kgを超える重たい枝肉を支えたり運んだりする必要がありました。道南工場では最新の豚大分割装置を導入し、人工知能(AI)を用いたロボットで三分割を自動化。計測も自動化され、枝肉を支えたり運んだりする必要がなくなったため、この工程を無人化することができました。

モモに対応した自動除骨ロボット 写真提供:前川製作所
「除骨」とは、三分割した枝肉から骨を取り除く工程です。まず骨の周辺に筋入れ(切り込み)を行い、刃物を用いて骨と肉を切り離します。今回はカタとモモに対応した2種類の自動除骨ロボットを採用し、X線撮像画像認識技術を用いてこの工程を自動化しました。脱骨後、整形された各パーツは、ロボットによって自動包装されます。これらの設備導入により、工場内はよりクリーンで安全になり、生産性の向上と人手不足の緩和も実現できると考えています。
エスコンフィールドHOKKAIDOから、新たなご当地グルメを提案
──道南工場の新設にあたり、チャレンジしたいことはありますか?
道南工場ではスチームシャワーによる最新式の脱毛方式を採用しており、皮付きの枝肉が製造できるようになりました。そこで、エスコンフィールドHOKKAIDOから発信する新たなご当地グルメとして、皮付きのベーコンやハムをグループ内の加工事業と連携して今後提案したいと考えています。
実は中国や沖縄の豚肉は、皮付きで販売されるのが一般的。皮部分を煮込んだり、ぱりぱりに焼いた豚肉は、とってもジューシーで味わい深いものです。とはいえ日本のほとんどの地域では、皮のない豚肉が一般的ですよね。この新工場の稼働を、新しい豚の魅力を知っていただく良い機会としたいです。
北海道には、日本クリーンファームの2つの事業所に14の農場と日本ハム北海道ファクトリーがあります。生産・飼育から処理・加工までを手掛けているという地の利を活かし、今後も北海道ならではの豚肉グルメを提供できればと考えております。