食物繊維も摂れる脂肪ゼロのシン・たんぱく質素材「FiTeiN(ファイテイン)」
味と食感は「牛肉」
大豆ベースでありながら肉が持つ繊維のほぐれ感を実現し、肉の質感や食感を自在に生み出せる全く新しいたんぱく質素材が「FiTeiN(ファイテイン)」。その特性を活かして、高たんぱく質+高食物繊維+低脂質という機能性に加え、これまでの代替肉市場にはほとんどなかった「牛一枚肉」にそっくりな形を実現しました。研究開発を行ったデリ商品研究開発課の飯田隼也リーダーに、FiTeiNの特長とその誕生秘話を聞きました。
公開日:2025年11月25日
焼肉のたれにつけて焼いたFiTeiNは、見た目も味も食感も牛肉
飯田隼也(いいだ・じゅんや)・加工事業本部 商品統括事業部
技術開発室 デリ商品研究開発課 リーダー
2018年、日本ハム入社。チーズ加工に関する研究開発などに従事、2020年よりシン・たんぱく質素材「FiTeiN」の開発に着手し、2025年に商品化。
高たんぱく質+高食物繊維+低脂質を実現した新素材
鉄板でジュージューと焼けている牛肉。この写真を見て、これが実は肉ではなく大豆ベースの新素材だと思う人がいるだろうか。実はこれが、日本ハムが2020年から開発を進めていたシン・たんぱく質素材「FiTeiN」だ。
素材の機能性を表すFiber(食物繊維)×Protein(たんぱく質)を冠し、「FiTeiN」と名付けられた。主原料は大豆。そのため、たんぱく質は鶏むね肉より多く約1.1倍、牛もも肉の約1.3倍、食物繊維をレタスの約2.5倍、鉄分を牛肉と同等量含み、脂質はほぼゼロというヘルシー素材だ。
この素材の開発に最初から携わってきた飯田リーダーによると、その一番の特長は「特殊製法により、これまでの代替肉では実現できなかった、肉に近い繊維のほぐれ感を自在にコントロールできる点」だという。
「これまで市場で流通していた、いわゆる「大豆ミート」はひき肉状のものか、鶏肉や魚介類を思わせるスポンジのような食感のものしか実現できていませんでした。それに対して開発した新しい素材では肉と同様の見た目、食感を再現できるようになりました。シーズニングにもこだわり、大豆を使った製品に特有の匂いを抑え、風味良く仕上げています。食感、香り、味の全てで満足感を得られるシン・たんぱく質素材だと考えています」(飯田)。
繊維感や食感だけではない。成形も自在にできることも大きな特長だ。そうしたなかで最初に市場に送り出すのが、「牛の一枚肉」を模したもの。含水量が約60~70%と高いため味が染みやすく、焼く、煮る、揚げるという全ての調理が可能で、さまざまなレシピで使えるなど使い勝手が良い。温めても冷えても硬さが変わらず同じ食感で食べられる利点があります。世界的にも、ここまで加工の自由度が高い牛肉様の食品素材はあまり例がなく、価格も本物の牛肉より安価になります。」(飯田)。
牛肉を食べたい気分だけれどもリーズナブルに済ませたい、また栄養管理のために脂肪の多い肉は控えたいが満足感は欲しい、たんぱく質をしっかりと摂りたいなど、さまざまな食のライフスタイルを満足させる新たな素材として、期待されている。
「今後のたんぱく質クライシス時代に向け、重要な素材になると期待しています」(飯田)。
FiTeiNとブロッコリーの中華風炒め。牛肉の代替として料理に使用できる食品としてまずは展開する。焼く、炒める、煮る、揚げるなどさまざまな調理が可能。
牛肉特有のほぐれるような繊維感を実現
FiTeiNは世界でも珍しい「牛肉様」素材として市場に送り出されるが、その完成に至るまでには苦労の連続だったという。
「研究着手の際は、何らかの新たなたんぱく質素材の開発ということでした。しかし、日本ハムは肉の会社。やはり『肉』らしいものを作りたかったのです。そのため、『一枚肉や塊の牛肉』のような食感やおいしさをベースにしながら、その物性や風味、機能性を自在にコントロールできるという、全く新しい製品を目指すことにしました」(飯田)。
欧州では3Dプリンティング技術を使った一枚肉の代替肉が発売されていたが、日本ではそうしたものがなかった。そこで、日本ハムでは、より肉らしい食感を出すための特殊製法の開発を始めた。この製造法をごく簡単に説明すると、たんぱく質原料を成形機で肉の食感を持つ製品に仕上げていくというものだ。
「初めにできたのは、イカのような弾力のあるゲル状のもの。肉とは程遠い食感で、大きく落胆しました。その後、たんぱく質の粘化特性や分散の仕方など、加工による特性を学ぶセミナーに参加したり、海外の文献や特許に目を通したりしながら、幾度となく条件を変えながら開発を進めました」と飯田リーダーは当時を振り返る。
その際、まず検証したのが原料の配合だった。「原料は、大豆以外のえんどう豆やひよこ豆、そら豆などの豆類、麹菌、ビール粕など、いろいろなものを試しました。それぞれの原料を使ったときの、粘度をRVA(ラピッドビスコアナライザー)で測定しながら牛肉らしさを出すには何が最適かを探りました。結局、味とコストの観点から、原材料を大豆に決めました」(飯田)。
ユッケジャンスープの調理例
さらに、加工に使用する機械の運転条件や設計の見直しも行った。中でも運転条件の検証は過酷だったという。成形機は、オリジナルのものも含めて多くの部品から構成されており、加熱や成形等に関する複数のパラメータ設定が可能である。また、パラメータ設定だけでなく、機器の使用部品も変更可能であるため、組み合わせは無限大。それらすべてのパラメータの条件を1つずつ変え、最適な運転条件を確立した。
ファイテインの表面の実体顕微鏡による撮影画像。繊維感がわかる。
テストは多い時で1日10時間。「テスト中は機械がつまってしまうこともあり、その度に分解、洗浄、組み立てを行いました。その作業には2時間もかかりますが、それを何度も行う日々が続いた時には心が折れそうになりました」(飯田)。
「試行錯誤の結果、初めて納得がいくものができた時には、見た目も段違いで感動しました。それまでの試作品は表面がツルツルだったのに対し、繊維っぽい凹凸のある表面になっていたのです。繊維感があっても、一方向だけに裂けるようでは鶏肉の食感になってしまいます。しかしできあがったものは、想定した通り、繊維様のかたまりがランダムに並び、弾力はあるのに食べるとほぐれ感もあるという、牛肉らしい食感になりました」(飯田)。
それまでには、弾力性の測定や、本物の牛もも肉やハラミなどと食べ比べながら硬さや繊維感、ほぐれやすさなどを見る官能検査を積み重ね、「牛肉らしさ」を追求した。そこまで辿り着くまでには3年半の歳月が流れていた。
ファイテインの弾力を測定。
大豆臭を抑え牛肉の風味が広がるシーズニングも開発
原料の大豆粉(左)と、できあがったFiTeiN(右)。
「風味」付けにも苦労した点だ。大豆が原料で、さらには高温で加工を行うため、独特の過熱による特有のにおいと大豆の風味が際立ってしまいがちだからだ。そこで原料に混ぜ込むシーズニングや、できた製品を漬け込むシーズニングを開発していった。大豆臭を抑えながら、牛肉エキスなどを使わずに牛風味を出せるよう、味付けのプロや営業の職員にも意見を聞き、何度もディスカッション。香料メーカーとも相談しながら、大豆臭を感じることなく、噛んだときに牛肉の風味が広がるようなシーズニングが完成した。
量産までにはもう一つのハードルがあった。「試作はラボ機で行っていましたが、実際の製品を作るには大容量の大型製造機が必要です。大型製造機では処理量や加熱条件などがラボ機と異なるため、さらなる条件設定を繰り返し、開発から4年を過ぎたところで、やっとFiTeiNの完成に漕ぎ着けました」と飯田リーダーは顔をほころばせる。
フランスの展示会や日本のイベントの高評価に手応え
こうしてできあがったFiTeiNを引っ下げ、欧州最大の食品見本市「SIAL in Paris 2024」にも出品した。「欧州では、思想的にも代替肉を積極的に摂る習慣があり、市場も年々広がっています。スーパーには、日本の8倍程度の代替肉コーナーがあり、ファストフード店でもメニューの4分の1~半分ほどが代替肉メニューです。そうした代替肉を見る目に肥えた欧州の人々の反応も上々で、特に食感が大きく評価されました。代替肉をすでに食べている人や、ヴィーガンレストラン経営者の評価が高く、欧州市場への展開も見据えることが可能な手応えが得られました」(飯田)。
25カ国、46人が「FiTeiN」の牛素材を試食した際の評価
「SIAL in Paris 2024」でのアンケート調査結果。食感が大きく評価された。
一方、国内でも有楽町で行った試食アンケート調査でも好評を得、「お肉らしさを実感した」という人が94%に上った。FiTeiNを食べる際の理由では、「食物繊維とたんぱく質が摂取できるから」と回答した人が38%、「肉より高たんぱく」(19%)、「肉感を感じられる」(10%)と続いた。また、シニア層の参加者からは、「肉や揚げ物は胃がもたれるが、脂質が低いと胃の負担も軽く、罪悪感なく食べられる」という声もあった。
FiTeiNカツ。一般消費者への試食会では、揚げ物への評価が高かったという。
「FiTeiN」の牛素材を試食した際「今後FiTeiNを食べるとしたらどんな理由」かを聞いた
2025年3月に1200人を対象に行なったFiTeiNの試食アンケート調査。1071人が試食し、855人から回答を得た。
8月には大阪万博に出品。その後、業務用の調理品を展開。欧州への展開も検討中だ。
「FiTeiNはまず調理品としての提案が想定されますが、将来的には『素材』そのものとしての展開をもっと推し進めていく考えです。作り方次第で、肉の食感や形状などを変えることができるため、肉種違いや部位の違いを出すことができるのです。さらに、高い機能性を持たせるために栄養素を加えるなど、自由な設計ができる強みがあります。こうしたことから、もはやFiTeiNはただの代替肉ではなく、牛、豚、鶏に続くシン・たんぱく質素材として訴求していきたいと思っています」。
例えば、咀嚼力の低い子供や高齢者がたんぱく質を手軽に美味しく食べられるよう、ある程度のかみごたえを残しながらも簡単にほぐれるように固さを調整できます。またサシとして脂質を入れるなどして、コクや美味しさの追求もできます。またもしかしたら、これまでの肉では実現できない新たな食感やおいしさを持ち合わせた新しい味を作り出せるかもしれません。牛肉に似せた今のFiTeiNがゴールではなく、これからもブラッシュアップしながら成長させ、息の長い商品として育てていきたいですね」と飯田リーダーは展望した。

