業務用プロセスチーズの『ロルフ』を抱える「宝幸」(前編)
シェア拡大のカギは、カスタマイズ力と提案力
今からおよそ80年前に創業し、2003年にニッポンハムグループとなった株式会社宝幸は、チーズ、缶詰・レトルト、フリーズドライの3つの食品群を扱う企業です。同社の事業をけん引するのが、チーズ専門ブランド『ロルフ』。1964年の誕生以来、「業務用プロセスチーズの有力ブランド」として成長を続けています。
創業時は水産業を営んでいた宝幸がなぜ、チーズ事業を手がけているのか。その歩みと、業務用プロセスチーズ分野で台頭する原動力となった強みについて聞きました。


株式会社宝幸 ロルフ事業部 商品開発部長
德田隆弘(とくだ・たかひろ)
1990年宝幸水産株式会社入社。水産部門に憧れ宝幸へ入社するが、翌年からチーズ部門に配属。2005年に竣工したロルフ西宮プラント(兵庫県)の設立にも責任者として携わる。2018年から一時的に青森の八戸工場で鯖缶製造の陣頭指揮を執った後、2023年より現職。チーズの製造と商品開発を長年担ってきた「ロルフ事業部の生き字引」。
全社売上げの6割を占める、チーズブランド『ロルフ』

宝幸が扱う商品群は、様々なタイプのチーズのほか、サバなどの缶詰・レトルト食品、卵スープなどのフリーズドライ食品の3つ。
ニッポンハムグループ国内46社のひとつである株式会社宝幸(以下、宝幸)は、チーズ、缶詰・レトルト食品、フリーズドライ食品を加工・製造する食品会社。同社の全売上高のうち6割近くを占める主力事業が、デンマーク有数の乳業メーカーJ・ハンセン社と技術提携したことを機にスタートしたチーズ専門ブランド『ロルフ』です。
なかでも、業務用プロセスチーズにおけるロルフのシェアは業界上位。大手製パンメーカーから街の個人店に至るベーカリー、ファミリーレストランやファストフードチェーン、各種食品メーカー、給食事業者など、幅広い顧客企業のニーズに合わせ、さまざまなタイプ・サイズ・形状のプロセスチーズを提供しています。
「『ロルフ』というブランド名を聞いたことはなくても、当社のお得意先の商品を通じ、ロルフのチーズを一度は口にしている消費者の方は多いはずです」と、ロルフ事業部の德田隆弘商品開発部長。
ただ、宝幸の出発点はチーズとは全く関係のない水産業。ある時期まで同社は、大型漁船を多数所有し、外洋へと出漁する国内で五指に入る企業でした。それがいったいなぜ畑違いとも言えるようなチーズを扱う会社となったのか? そこには、漁業を巡って繰り広げられた国際情勢が深く関わっているそうです。
遠洋漁業時代のつながりを活かし未知のチーズ事業に参入
宝幸が創業し、水産事業に乗り出したのは、終戦の翌年の1946(昭和21)年。「日本が深刻な食糧難に見舞われるなか、当社の創業者は新鮮な魚を水揚げし、日本人が生き抜くために必要なたんぱく質を供給したいと考えたのです」。
当初、宝幸の漁船は神奈川県の三浦沖など日本の近海で操業していましたが、より多くの水産資源を求め、オホーツク海やベーリング海、大西洋などにも船団を組んで出漁。世界各地の漁場で、鰹やマグロ、サケなどを漁獲しました。


1950年代には母船式サケ・マス漁業に初出漁し、1957年にはマグロ母船第三一宝幸丸を竣工するなど、漁業が最盛期を迎えた
風向きが変わったのは1960年代。沿岸国の主権が及ぶ領海の先でなら、どの国の船も自由に魚を捕れるという従来の国際法を180度変換し、領海の外に広大な排他的経済水域(EEZ)を設け、他国の自由な漁を制限する動きが世界中で広まり始めました。世に言う「200海里問題」です。
「EEZが設定されれば、遠洋漁業は難しくなる。そこで当社は『海上から陸上へ』を旗印に、漁労(水産物の捕獲・漁獲)に代わる主力事業探しに奔走しました」。
ワイン用ブドウの栽培、スーパーマーケット経営、清涼飲料水のボトリング、養鶏……さまざまな事業に挑戦するなか、軌道に乗ったのがチーズ事業。時は高度成長期。食生活の洋風化が急激に進み、チーズの国内需要は拡大の一途を辿っていました。
そもそもチーズは、製法の違いで次の2タイプに大別されます。1つは乳酸発酵後に高温での加熱処理を行わない、ゴーダ、チェダー、カマンベールなどのナチュラルチーズ。もう1つが、複数種類のナチュラルチーズを砕いて原料とし、加熱・溶融・乳化後、再び成形して冷却するプロセスチーズです。
当時も今も、チーズ製造を行うのは、原料のミルクを容易に調達できる大手乳業メーカーがメイン。原料乳の調達基盤を持たない宝幸がチーズ事業に参入できたのは、遠洋漁業時代に築いた「海外の漁業国との絆」があってこそでした。
「北海に面した漁業国であると同時に、酪農国でもあるデンマークの漁業関係者の尽力で、当社は同国の乳業大手J・ハンセンとのコンタクトに成功しました。協議を重ねた末、同社からチーズに関する技術提携を受け、ナチュラルチーズも提供してもらえることになりました。その後も遠洋漁業で築いた世界各国とのネットワークを通じて原料のチーズの調達先を拡大し、ミルクを調達しなくても、輸入したナチュラルチーズからプロセスチーズを加工できる道が拓けたのです。1964年にスタートしたロルフブランドは今も拡大を続けています」。

ロルフの商品やコンセプトを掲示した、ロルフ大和プラントのエントランス。写真左は、デンマークのおとぎ話に登場するバイキングの王様「キャプテンロルフ」をモチーフとする、ロルフのロゴ。
顧客ニーズに合わせた提案力を武器にシェアを拡大
業務用プロセスチーズの分野で高いシェアを持つロルフ。シェアを拡大できた秘訣は「ブラント開始当初から発揮してきた『ニーズに対応する力』にあったのではないか」と德田商品開発部長は分析します。
同業他社の多くは、家庭用プロセスチーズを事業の主軸に据え、チーズに不慣れな日本人向けに癖のない食べやすいチーズを開発することに注力してきたといえます。
「しかしプロセスチーズは本来、業務用商品に向いています。ナチュラルチーズを加熱するときの温度や撹拌(かくはん)速度を調整することで、チーズの溶けやすさや糸の引きやすさなどの物性を変化させられ、顧客ニーズに合わせた細やかなカスタマイズを行えるからです。そこで当社はまず、水産会社時代から魚のすり身を収めていたかまぼこ会社に、当時珍しかったチーズ入りかまぼこを提案しました。するとこれがヒットして、大いに喜ばれたのです。それ以降も、弊社ではチーズを使う新メニューを考案してきました。例えばベーカリーチェーンに対してはダイス状にカットしたチーズを生地に練りこんだパンを。ナイフを入れると液状のチーズが溢れ出すハンバーグをファミリーレストラン向けに提案しました。チーズを使うとどんな新しいメニューが生まれるかを企業に提案するやり方で、チーズの販売先を地道に開拓していきました」。
この日、ロルフ大和プラント内のテストキッチンで試作されていたのは、製菓会社向けに開発中の、レモン味のレアチーズクリームを挟んだシュークリーム。「どんなにおいしいチーズでも、それを食べていただくのを待っていただけではお客様には買っていただけません。その商品を具体的なメニューにまで仕立て、実際に見てわかりやすくすることで初めて『試してみようか』と思ってもらえるのです」と德田商品開発部長は強調する。
先人たちが築いてきた、顧客の心を動かす提案力。それは今も確実に受け継がれています。



本格的な厨房機器が並ぶ、ロルフ大和プラント内のテストキッチン。ここでは宝幸のチーズを使ったさまざまなメニューの開発が日々行われている
高品質なチーズの安定供給がメーカーの責務
ナチュラルチーズを輸入し、それを原料にプロセスチーズとして、顧客のニーズに合わせて細やかな改良を行う宝幸。原料のミルクを容易に調達できないことを逆手に取り、同社が採用したこのビジネスモデルを、德田商品開発部長は「今の時代には、むしろ優位に働く面が多い」とみています。
「少子高齢化による牧場での労働力不足や、地球温暖化に伴う乳牛の暑熱(しょねつ)ストレスなどが原因で、国産ミルクの搾乳量が減り、国内製造されるナチュラルチーズの価格は年々高騰しています。そのような中で当社は、ナチュラルチーズの仕入れ拠点を、世界10か国以上に拡大しました。拠点が世界各地にあることは、品質が高く、価格もリーズナブルな購入先をその都度、選択できることにつながります」。
ミルクは時季により、味わい、色味、乳脂肪の量などが微妙に変化します。そのため特定の産地のミルクだけを使い続けると、プロセスチーズになったとき個体差が生じる一因になりかねません。「各国のナチュラルチーズを必要に応じてブレンドすることで、味わいや色味にブレのないプロセスチーズを常に製造できるのは大きなメリットです」。
高品質なチーズを安定的に供給することは、加工メーカーの責務。「今後もそれを胸に刻み、チーズ作りを続けていきます」。

チーズ事業への参入以来、業務用プロセスチーズ一筋に邁進してきた宝幸。その姿勢は今、変わりつつあるといいます。
「業務用だけでなく市販用のチーズ作りにも力を入れるべきだ、という機運が当社で高まりつつあります。コロナ禍では外食機会が減り業務用の売り上げが落ちた一方で、内食需要の拡大で、一般消費者向け商品の売り上げが急伸しました。それを機に、両輪をバランスよく伸ばそうという流れが加速しています。一般消費者向け商品の開発・拡充が、ここ数年、急ピッチで進んでいるのは商品開発に携わる者としてやりがいを感じます」
日本のチーズ総消費量は2015年に31万4384トンとなり、初めて30万トンを突破しました。その後増加傾向が持続するも、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大以降、業務用需要減少や物価高騰などの影響で総消費量の増加傾向は一服し、近年は30万トン台前半で推移しています*1。 こうした中で、同社として市場を広げていくためには、まだ開拓できていない市販用のチーズ分野の強化が欠かせなくなっているのです。
後編では、そのチーズ需要のさらなる拡大に向け、市販用のチーズ作りに挑む、宝幸の新たなチャレンジに迫ります。