3 たんぱく質と健康の未来

たんぱく質含有食品と運動を組み合わせてフレイル予防に効果
高齢者のウェルビーイング向上に寄与

人生100年時代、いかに身体的、精神的に健康で、社会的、経済的にも良好で満たされた状態「ウェルビーイング(Well-being)」を保ち続けていくかが重要になっています。そのカギとなる1つがフレイル(Frailty)予防です。フレイルとは、主に加齢により心身が衰えて虚弱になった状態のことを指します。要支援・要介護状態にならないためには、フレイルの予防や早期改善が欠かせません。その具体的な取り組みと効果について、滋賀県で地域の高齢者に向けたフレイル予防プログラムを展開する関西医科大学「食と運動で健康を科学する」社会連携講座の西山利正名誉教授に伺いました。

関西医科大学 「食と運動で健康を科学する」社会連携講座
西山利正 名誉教授

関西医科大学総合医療センター国際医療支援室顧問。医学博士。医師。1982年関西医科大学卒業。1986年奈良県立医科大学大学院修了。同大学講師、奈良県衛生研究所総務課主幹、関西医科大学医学部教授、同大学衛生・公衆衛生学講座教授などを経て2024年より現職。専門領域は公衆衛生学、渡航医学、熱帯医学、国際保健学。厚生労働省医員(大阪検疫所)非常勤医員。枚方市開発調査会委員。大阪府枚方保健所運営協議会委員。大阪府寝屋川保健所運営協議会委員。

シェアする

フレイル予防は健康寿命を延伸するための重要なカギ

「団塊の世代(1947~1949年生まれ)」が75歳以上の後期高齢者になる2025年。この年には、65歳以上の人口が総人口に占める割合(高齢化率)は約30%になり、さらに2050年には約40%に達することが見込まれています。高齢化社会では、日常生活で支援や介護が必要な要支援・要介護認定者数も増加し、2024年8月末時点で718.4万人(男性230.1万人、女性488.3万人)に上ります(*1)

*1出典:厚生労働省「介護保険事業状況報告の概要(令和6年8月分暫定版)」

「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を健康寿命といいます。2019年の日本人の健康寿命は男性72.68歳、女性75.38歳(*2)でした。一方、2023年の平均寿命は男性81.09歳、女性87.14歳(*3)となっています。つまり平均寿命と健康寿命の差は男性8.41年、女性11.76年に及びます。この差を縮小する、すなわち健康寿命を延伸することが、現代の重要な社会課題となっています。

*2出典:厚生労働省「健康寿命の令和元年値について」
*3出典:厚生労働省「令和5年簡易生命表の概況」

「健康寿命を延ばし、高齢者が心身ともに良好であるウェルビーイングな状態を保つには、フレイルの予防や早期改善が重要です」と関西医科大学「食と運動で健康を科学する」社会連携講座の西山利正先生は指摘します。

フレイルとは、2014年に日本老年医学会が提唱した概念で、健康な状態と要支援・要介護状態の中間の状態を指します。フレイルになると生活の質(QOL:Quality of Life)が低下するだけでなく、さまざまな病気や要介護のリスクも高まります。ただし、適切な対策をとれば再び健康な状態に戻すことができることが、フレイルの大きな特徴です。

加齢に伴う身体機能の変化

加齢に伴う健康状態の変化を示す図。左から順に、健康からプレ・フレイル(前虚弱)、フレイル(虚弱)、要支援・要介護(身体機能障害)へと進む様子が描かれています。

フレイルは体の機能だけでなく社会性や心理的なことも関わる

要支援や要介護というと、フレイルは身体的な面だけの問題と思われがちです。しかし実際には、さまざまな側面があります。認知機能の低下やうつなどの精神・心理的な面、独居や経済的困難などの社会的な面も含まれ、これら3つの要素が複合的に関わってフレイルの状態を形成します。

フレイルの3つの要素

  • 身体的フレイル
    日常生活に必要な身体機能(動く、食べるなど)が衰えた状態
  • 精神・心理的フレイル
    認知機能の低下や抑うつ、意欲の低下などが生じた状態
  • 社会的フレイル
    外出の減少や独居などにより、社会とのつながりが希薄になった状態
「身体的フレイルの原因の一つに、サルコペニア(Sarcopenia)があります。サルコペニアとは、加齢に伴って筋肉量が減少し、筋力が衰える状態を指す病気です。筋力が衰えると歩行速度が遅くなり、信号が青から赤に変わる前に渡り切れないといった状況が増えてきます。これはフレイルの代表的なサインです」と西山先生は説明します。

以下の5項目は、いずれも身体的フレイルの兆候を示すものです。

体重減少 6カ月で2kg以上の(意図しない)体重減少
筋力低下 握力低下(男性:28kg未満、女性:18kg未満)
疲労感 「(ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがする」
歩行速度 通常歩行速度 1.0m/秒未満
身体活動 「軽い運動・体操をしていますか?」「定期的な運動・スポーツをしていますか?」の問いのいずれにも「していない」と回答

判定基準

・3項目以上に該当:フレイル
・1~2項目に該当:プレフレイル(フレイルの予備状態)
・該当項目なし:ロバスト(健常)

(出典:Satake S, et al. Geriatr Gerontol Int. 2020; 20(10): 992-993.)

これら5つの兆候は互いに関連し合い、「フレイルサイクル」と呼ばれる悪循環を形成することが報告されています(*5)
加齢に伴い食欲が低下し、栄養やエネルギーの摂取量が少なくなると、体重が減少していきます。さらに低栄養状態が続くと筋肉量が減り、サルコペニアを引き起こします。サルコペニアにより疲労感が増大し、筋力低下が進行することで歩行速度が遅くなり、活動量も低下します。加えて、筋肉量が減るサルコペニアは基礎代謝の低下を招くほか、活動量が減ることで消費エネルギー量も低下するためさらに食欲が減退し、体重も減っていくという悪循環が起こってしまうのです。

*5Xue QL, Bandeen-Roche K, Varadhan R, et al.: Initial manifestations of frailty criteria and the development of frailty phenotype in the Women's Health and Aging Study II. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2008; 63(9): 984-990.

フレイルサイクルのイメージ

フレイルサイクルの図。筋力の低下が歩行速度遅延を引き起こし、活動量の低下に繋がります。活動量の低下は消費エネルギー量の減少を招き、それにより食欲や摂取量が低下します。食欲・摂取量の低下は体重減少を引き起こし、基礎代謝が低下します。体重の減少は疲労感を増し、再び歩行速度遅延へと繋がり、全体のフレイルサイクルを形成しています。

さらに、精神・心理的フレイルと社会的フレイルも相互に影響し合います。
「家に閉じこもり体を動かさない生活が続けば、筋力低下だけでなく、他者との関わりが減少することで抑うつ状態に陥るリスクが高まります」と西山先生は説明します。

フレイル予防には消化吸収率が高い動物性たんぱく質の摂取が必要

悪い循環に入るきっかけとなるフレイルですが、その一方で、適切な対処により健康な状態に回復できることも重要な特徴です。この点に着目し、関西医科大学の西山利正先生の研究チームは日本ハムと共同で、2017年から高齢者を対象に「食事」と「運動」によるフレイル予防の効果検証を進めてきました。

「これまでフレイルやサルコペニアの高齢者を対象とした研究では、運動やたんぱく質摂取による筋肉量や身体機能の改善を検討する介入試験が数多く行われてきました。運動とたんぱく質摂取の組み合わせにより握力が向上するという報告もありますが、そこで用いられているたんぱく質はサプリメントが中心です。確かに、筋力トレーニングに励む若い世代では、プロテインやBCAA(分岐鎖アミノ酸)などのサプリメントが人気を集めています。しかし私たちは『高齢者にはおいしい食事を楽しみながら必要な栄養を摂取してほしい』という考えから、肉類や食肉加工品、乳製品などをたんぱく質源として積極的に摂取していただく方法で研究を進めることにしました」と西山先生は説明します。

研究の具体的な内容は以下の通りです。

西山先生の研究チームは、2021年にデイケア・リハビリセンターを利用している要支援・要介護高齢者27人を対象に研究を開始しました。対象者には、高たんぱく質の乳製品および食肉加工品の摂取と運動を組み合わせた介入を3カ月間実施し、その後、運動のみの介入を3カ月間行いました*6。たんぱく質の1日摂取量は20g(食肉由来10.5g、乳由来8.9g、大豆由来0.6g、いずれも平均値)となるよう調整しました。

研究の結果、以下の3点が明らかになりました。

  • 食事介入により、動物性たんぱく質の推定摂取量が介入前と比べて有意に増加
  • 食事+運動介入後、筋肉量および握力(右手)が有意に上昇し、体脂肪率は有意に低下
  • 運動のみの介入後は、食事+運動介入後と比較して、筋肉量が有意に低値
*6三宅眞理,細見亮太,村上由希,梅村亨司,工藤和幸,西山利正:たんぱく質含有食品の提供および運動の複合的介入によるフレイル予防効果―介護保険サービス利用者を対象として―.日本健康医学会雑誌 2022;31(2):159-169.

「定期的な運動は筋力を高めるために重要ですが、筋肉量を増やすにはたんぱく質の摂取も欠かせないことが、この研究から示されました」と西山先生は説明します。

また、十分な量のたんぱく質を摂取するには、3食をきちんと取ることも重要です。「朝食時のたんぱく質摂取不足への対策として、水切りヨーグルトと発酵乳飲料を週5日、3カ月間提供しました。水切りヨーグルトは手軽に効率よくたんぱく質を摂取できる優れた食品の一つで、食欲がない朝でも食べやすい点も特徴です。高齢者はもちろん、たんぱく質不足が気になる方にも朝食への追加をお勧めします」(西山先生)。

さらにこの研究では、食肉由来たんぱく質や乳由来たんぱく質など、動物性たんぱく質の割合を高く設定しました。「大豆や大豆製品などの植物性たんぱく質と比べ、動物性たんぱく質のほうが体内での吸収率や利用率が高いためです」*7と、西山先生は理由を説明します。
「植物性たんぱく質だけでは十分に摂取できない必須アミノ酸を補う意味でも、動物性たんぱく質の肉類やハム、ソーセージなどの加工品、牛乳や乳製品を積極的に摂取することが大切だと考えています」。

もちろん、食事だけを改善してもフレイル予防にはつながりません。肉類やハム、ソーセージなどの加工品には脂質も多く含まれているため、運動不足の状態で過剰に摂取すると肥満やメタボリックシンドロームなどのリスクを高める要因になります。定期的に運動を行った上で、動物性たんぱく質を含む食品を1日3回の食事でバランスよく摂るのが理想です。

高齢者の社会参加がフレイル予防の好循環を生み出す

2020年から、フレイルの早期発見と予防を目的に、75歳以上の後期高齢者を対象とした「フレイル健診」が全国の自治体で実施されています。これは健康状態を把握するための質問に回答し、結果に応じて保健指導などが行われるものです。この質問項目の中でも重視されているのが「社会参加」です。

例えば東京都健康長寿医療センター研究所では、フレイルリスク度を自分でチェックできるリスト*8を独自に開発していますが、そこでも社会参加の有無の項目が設けられています。

こうした過去の研究成果をもとに、西山先生や日本ハムは「マイナス5歳の健康づくり教室」という新たな地域の高齢者向けフレイル予防プログラムに取り組んでいます。このプログラムは、まさに社会参加を促しながら運動や栄養などについて学べる内容となっています。「フレイルサイクルのような悪循環とは逆に、社会活動への参加は好循環を生み出します。外出することで自然と運動量が増え、その結果、食欲も増進します。さらに、人とのつながりが生まれることで生きがいや楽しみが生まれ、認知機能の低下や抑うつ状態の予防にもつながるのです」(西山先生)。

本記事の後編では、フレイル予防プログラム「マイナス5歳の健康づくり教室」の具体的な内容と研究結果についてご紹介します。

キーワード
シェアする

おすすめ記事リンク