3 たんぱく質と健康の未来
トップアスリートの身体をつくる「食事戦略」(前編)

‐北海道日本ハムファイターズの場合‐

プロのアスリートは、どんなことに気を付けて食事をしているのでしょうか。プロ野球球団の北海道日本ハムファイターズ、サッカーJ1リーグのセレッソ大阪をはじめ、さまざまなスポーツチームを支援してきている日本ハムでは、健康的・効率的に選手のパフォーマンスをアップするための栄養サポートも行っています。管理栄養士であり公認スポーツ栄養士のお二人にアスリートの食事について聞きました。

日本ハム株式会社
八巻法子(やまき・のりこ)・スポーツ事業推進部リーダー

2008年日本ハム入社、中央研究所にて同年シーズンより北海道日本ハムファイターズの栄養サポートを担当。2016年シーズンより主担当。

日本ハム株式会社
櫻井郁美(さくらい・いくみ)・スポーツ事業推進部

2019年日本ハム入社、中央研究所にて北海道日本ハムファイターズの栄養サポートを担当した後、現在は主にセレッソ大阪アカデミーの栄養サポートを担当。

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日本ハムの中央研究所は、長年、北海道日本ハムファイターズや、セレッソ大阪のトップ選手やセレッソ大阪アカデミーの選手に対して栄養面のサポートをしてきました。そこで得た知見を、スポーツをする人やそれを支える人たちにより広く伝えていくため、業務の拠点を「スポーツ事業推進部」に移しました。2人は現在同事業部で引き続き各チームを担当しています。

若手選手は1年で2kgの筋量アップが目標

──お二人は中央研究所時代から、トップアスリートたちの栄養サポートを行っているのですね。具体的にはどんなことをしているのですか?

櫻井:私たちは、日本ハム・スポーツ事業推進部の栄養サポートチームとして、北海道日本ハムファイターズとセレッソ大阪の栄養サポートをしています。メンバーは3人で全員が管理栄養士・公認スポーツ栄養士の資格を取得しています。

八巻:北海道日本ハムファイターズでの栄養サポートは2006年から行っています。現在83名の選手がいますが、特にファームのある千葉県・鎌ケ谷の勇翔寮に入寮している若手を中心に、選手の身体づくりを支えることが一番大きな役割になります。高校卒業4年目、大学・社会人出身は2年目までの選手には、個別の食事調査と栄養カウンセリングも行っています。

──北海道日本ハムファイターズは次々と若い選手が活躍していますし、引き締まった体型の選手が多い印象です。

八巻:若いうちから、効率よくパフォーマンスを発揮できる身体づくりをすることを、球団としても意識しています。プロになるような選手でも、高校や大学で得てきた食事や栄養に対する知識には差があります。食に対する意識も異なりますので、チームのトレーナーやアナリスト、スポーツサイエンティストなど多くのスタッフと連携して、必要な栄養をいかに効率よく摂取するかを指導しています。
長年のデータから、まずは入団から1年で2キロ前後の筋肉量アップを目標にしています。筋肉量だけで2キロ増やすとなると簡単なことではありません。高校や大学時代と違ってシーズン中はほぼ毎日試合がありますので、シーズンを通して増やしきるのは難しいのです。そしてプロ野球選手の場合は、体脂肪はただ落とせばいいわけではありません。10%未満にする必要はないと考えられます。試合も移動も多く、デイゲームやナイターゲームなど生活のリズムも一定ではないためコンディション管理が難しく、体脂肪を減らしすぎると風邪を引きやすくなったり、疲れやすくなったりすることもあるからです。

3年でじっくりと約10kg増量に成功

アスリートの基本的な身体づくりの考え方は、余分な脂肪を増やさずに筋肉量を増やすことです。そんな理想的な体重の増やし方をしたのが、柳川大晟選手。柳川選手は入団4年目で身長が190cm以上とスレンダーでしたが、2022年の入団当時の体重83kgから、その後約10kgを増やして現在は93kg。すでに1軍のスタメンに名を連ねる万波中正選手(192cm101kg)、野村佑希選手(187cm95kg)、なども理想的に筋肉を増やした選手。しっかり食事を摂取して筋肉量を増やせることも、スポーツ選手にとって大切な才能です。

2021年、高校生の時の柳川大晟選手(左)と、2025年時の同選手(右)

必要なエネルギー量には2000kcal近くもの差が

──食事の指導は、どのようにしているのですか?

八巻:選手は、体格やポジションによって1日に必要なエネルギー量に2000kcal近く差があります。このため、寮の食事は定食のようにセットされたものが提供されるわけではなく、食べる内容も量も自分で選べるバイキング形式になっています。単に好きなものを選んで必要なエネルギー量を摂るだけでなく、強く疲れにくい身体をつくるためには、たんぱく質や脂質、炭水化物をバランスよく、いろいろな種類のものから摂取することが大切になります。そこで選手に食事の内容を撮影して送ってもらい、写真から栄養計算をして数字を示しながら、どんな栄養素が足りないのかをお伝えし、どれくらい食べれば必要な量がまかなえるか量感をつかんでもらうようにしています。

櫻井:個々の選手の体組成の変化を観察するとともに、食事調査からこうしたアドバイスができるのは中央研究所のときからサポートを継続し、積み上げてきたデータがある強みかなと思います。

──必要なエネルギー量と体重のバランスは、どう意識しているのですか?

八巻:必要なエネルギー量は、「基礎代謝量×身体活動レベル(PAL:生活や運動によって消費されるエネルギー)」で決まります。基礎代謝のベースとなる年齢や身長・体重がそれぞれ異なるだけでなく、選手のプレースタイルや練習量によっても差が生まれます。このため、日々の摂取エネルギーや栄養バランス、体重や運動量、体調などをこまめにチェックすることが大切です。そうすることで、自分がどの程度の量を食べたら、どのぐらい体重が増減するのかが次第に分かるようになっていきます。

理想的な身体づくりをする上で分かりやすい基準として、選手には体重から脂肪だけを除いた数値である「除脂肪体重」を意識してもらっています。除脂肪体重が増えると打球速度が伸びたり、投球速度が上がったりすることは多くの学術的なデータでも示されていますので、まずはそのためのベースを作りましょうとお伝えしています。

学んでウエイトをコントロール

入団5年目の2021~2022年に体重をぐっと絞ったのが清宮幸太郎選手。きっかけは新庄監督からのアドバイスです。もともと体脂肪が極端に多い選手ではなく、筋肉量もあったのですが、当時は体重が100kg以上ありました。栄養士の話も聞き、自らもいろいろ学んで、4人家族分ぐらい食べていた食事の量を抑えてウエイトをコントロール。オフの期間をかけて必要な筋肉と脂肪の量まできれいに落とせたのは意識の変化と努力の賜物です。

2021年の清宮幸太郎選手(左)と2025年の同選手(右)

八巻:最近の選手の皆さんは、身体は食べたものでできていることをきちんと意識されていて、食事の摂り方が丁寧で上手になってきています。例えば五十幡亮汰選手はいつも「よくここまで丁寧に食べますね」と感心するくらい、サラダも赤・黄・緑と彩り豊かに揃えて、量もちゃんと摂取しています。炭水化物も麺だけでなくおにぎりも食べてエネルギー量を確保しています。プロの選手でも、夏場など疲労がたまってくると食欲が落ちるので炭水化物の摂取量が減りがちですが、五十幡選手や北山亘基選手などはシーズンを通していい食事の摂り方をしています。

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五十幡亮汰選手の夕食例
「この日はメイン料理が中華でした。そこに、鍋料理や冷ややっこ、焼き魚、サラダなどを組み合わせることで、余分な脂質を抑えながらもエネルギーやたんぱく質をはじめ必要な栄養素をしっかり補給できています」

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北山亘基選手の朝食例
これからしっかりと動くことを見据えエネルギーを確保するため、ボリュームよく食べています。朝からこれだけ食べられる胃の強さも素晴らしいです。また、ボリュームだけでなく、数えるのが大変なほどの品数が揃っています。さまざま食品を選ぶことで摂取できる栄養素が増えるため、とても良いです。

ベテラン選手は食事も除脂肪体重のコントロールもベテラン

──カウンセリング以外にはどんなことをしているのですか?

八巻:必要な栄養の情報をまとめて冊子やポスターにしたり、栄養に関するeラーニングを提供したりしています。また、定期的に1軍の遠征先やファームの寮を訪れて食事の様子を観察し、選手から質問があればお答えしています。実際に試合直前の食事の様子を拝見するといろいろな発見があります。それをカウンセリングに還元したり、ファームでのアドバイスに生かしたりしています。

櫻井:例えば、ZOZOマリンスタジアムで18時からの試合があった日に1軍選手のブランチを見せてもらいました。宮西尚生選手、福谷浩司選手、田中正義選手、河野竜生選手など投手の皆さんが食事をしていたのですが、皆さん朝ご飯とは思えない品数と量で、鎌ケ谷の若い選手以上にしっかり朝食を摂っていました。

八巻:年齢を重ねると基礎代謝(安静時でも消費されるカロリー)が低下して余ったエネルギーは蓄積されやすくなります。そのためベテランの選手は食事に気を遣う方が多く、特に北海道日本ハムファイターズの30代の選手は、何をどれくらい食べると自分のコンディションにいいかを把握している方が多い印象を受けます。例えば宮西投手の食事は年々進化しており、野菜の量も多くてカラフルでとてもいい食事内容です。宮西選手からは逆にいろいろなことを学ばせてもらっています。

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宮西尚生選手の夕食例
野菜はサラダと鍋物、異なる種類の野菜をたっぷりと選んでいます。サラダにはたんぱく源も一緒に盛り込んでいます。主菜は、牛肉、豚肉、鶏肉、魚とさまざまな選択肢があり、主食は雑穀米です。疲労を翌日に持ち越さないよう、コンディションを整えるための工夫が感じられます。

櫻井:1日に必要なエネルギー量を満たすだけではなく、筋力アップにはたんぱく質を小分けにして毎食摂ることが大切です。特に朝食時はたんぱく質摂取量が少なくなりがちですが、朝にたんぱく質を摂らないと筋肉の合成効率が悪くなります。身体づくりのために朝食をしっかり摂ることは、アスリートにとって基本と言えるでしょう。

八巻:必要なエネルギー量を食事で摂り切れない場合、食事とは別に「補食(通常の3食に加えて、不足しがちな栄養素やエネルギーを補うために摂る食事)」も必要になってきます。いわゆる「おやつ」ですね。空腹状態が続くと身体は筋肉を分解してエネルギーに変えるので、練習前や試合前に必要に応じて補食を摂って、空腹の時間をなるべく作らないようにします。また、練習後や試合後に一定量のたんぱく質と糖質を摂取すると効率的にたんぱく質が合成されますし、疲労回復にも有効です。選手にも補食の重要性を知っていただき、このアイテムなら糖質が摂れますとか、試合前に飲むなら消化の良い糖質メインのものがおすすめだとか、筋肉量を増やすにはこういったアイテムが有効ですといった情報を食堂に掲示しています。

食事のスケジュール例(補食の選び方)

アスリート向けの1日の食事と補食のスケジュール例を示した図。朝食、昼食、夕食を中心に、運動前、運動後、就寝前に補食を摂取することが推奨されている。補食内容は運動前は消化が良い糖質主体(おにぎり、果物、100%果汁ジュースなど)、運動後は良質なたんぱく質約20gと糖質約50g(プロテイン、ヨーグルトなど)、就寝前はたんぱく質とカルシウム(牛乳、クラッカーなど)を含むものが推奨されている。主食ではご飯250~350gが目安で、魚や肉の主菜、2~3種類の副菜、汁物、果物、乳製品をバランス良く組み合わせて摂取する。

空腹状態が続くと身体は筋肉を分解してエネルギーに変えるので、練習や試合の合間に補食を摂ることが推奨されている

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