‐セレッソ大阪の場合‐

自分で食事を考えられる選手を育てる

──セレッソ大阪では、どのような栄養サポートをしているのですか？

櫻井：トップ選手への栄養サポートもありますが、加えてセレッソ大阪アカデミーに所属する小学生（U-12）から高校生（U-18）までの約250人を対象に栄養サポートをしています。将来、プロ選手やA代表（FIFAがAナショナルチームと定める年齢制限のない代表チーム）、海外チームへ移籍して活躍できるような選手を育てていくために、スポーツ栄養学についても若い年代から学んでもらっています。成長段階によって必要な栄養に関する知識に違いがありますし、また女子選手もいるので、年代・性別に合った細かい栄養指導が必要になります。

八巻：北海道日本ハムファイターズで栄養指導を行う選手は若くても高校卒業以上の大人ですが、セレッソ大阪アカデミーは成長期の子どもたちです。ですから、選手だけでなく保護者や指導者にも講習会を行い、食事に関する情報を提供しています。

櫻井：選手の食事に対して正しい知識を持ってアドバイスいただくためのフォローとして、クラブに所属する全選手を対象に、年代ごとに実施している栄養講習会を録画して配信し、保護者や指導者にも視聴を促しています。またU-18ではトップチームに上がる可能性のある選手や代表合宿に参加している選手に対して個別の栄養指導も始めています。プロのレベルで求められる体組成の獲得やコンディショニングが主目的ですが、国内外を含めた遠征先では、出される食事の選択肢が少ないこともありますので、その中で何をどう選んでどのくらい食べればいいのか、環境が変わっても自分で必要な食事を考えて摂れるようになってほしいという思いもあります。

セレッソ大阪アカデミーでの講習会の様子

味噌汁から自炊スタートで身体づくり

一人暮らしを始めた若いトップ選手が、自炊で必要なエネルギー量や栄養素を確保することは簡単ではありません。セレッソ大阪に在籍していた北野颯太選手もそんな悩みを持っていた選手のひとりでした。特に悩んでいたのが、朝食がなかなか揃えられないこと。そこでフィジカルコーチやスタッフと一緒に出した答えが「味噌汁」でした。味噌汁やスープなど温かい汁ものは、身体を温め消化器官の働きを活発にするので、身体を目覚めさせるだけでなく代謝のアップにも役立ちます。工夫次第でたんぱく質や海藻類、根菜類も入れられるので、さまざまな栄養素も摂りやすくなります。アドバイスを実践した次の面談のときには作った味噌汁の写真を送ってくれた北野選手。食事の全体量も上がり必要な栄養素が摂れるようになって、1年で身体がひと回り大きくなりました。

北野颯太選手（セレッソ大阪在籍時）
©CEREZO OSAKA

一人暮らしを始めたばかりの北野颯太選手が自炊を始めた際、まずは味噌汁をしっかり摂ることを伝え、それを実践。

成長期だからこそ気を付けたい貧血

──年代による指導の違いや、競技による食事の違いなどはありますか？

櫻井：セレッソ大阪アカデミーは小学生から高校生までの年代の選手が在籍しています。それぞれ理解度が違いますから伝え方には工夫が必要ですが、1回の食事の中で主食・主菜・副菜・乳製品・果物の5つの料理グループを揃えましょうという基本の考え方は同じです。朝食の段階から、たんぱく質を含むおかず（肉、魚、卵、大豆製品）と乳製品をしっかり摂ることを重点的に伝えています。そのほか、補食（通常の3食に加えて、不足しがちな栄養素やエネルギーを補うために摂る食事）の摂り方や適切な水分補給の方法なども伝えています。

競技による違いとして、サッカー選手は野球選手に比べて体脂肪の管理をきっちりとする傾向があります。サッカー選手は走って切り返してという動きが多く、試合中はほぼ走り続けるスポーツです。体脂肪が多いとそれだけ重い身体を抱えて走ることになりスタミナが削られて、俊敏性にも影響するからです。トップ選手の場合は、体脂肪は多くても11~12％程度が目安になってきます。ただし成長期には性別・年齢に見合った体脂肪が必要です。特に女子選手の場合はある程度体脂肪がないと身体の機能がうまく働かなくなってきます。将来にも影響が出ますので、チームのメディカルやトレーナーと共に指標を作って、しっかりケアをしています。

八巻：プロ野球は毎日試合がありますが、サッカーは週に1回か2回なので、そこにピークを持ってくための食事を考えるといった指導の違いもありますよね。

櫻井：試合がある日は、食事を速やかにエネルギーに変えられる炭水化物中心の食事が適しています。一方で試合直後は炭水化物とともに、たんぱく質をしっかり補うことが必要です。そこで試合のサイクルに合わせて、徐々に栄養のバランスを変えていくような食事提案を行っています。 野球の場合はポジションの違いで選手に必要なエネルギー量の差がありますが、サッカーにはそこまでポジション差はありません。
むしろセレッソ大阪アカデミーはお子さんの成長期に合わせたサポートが必要になりますね。例えば、成長期は急激に骨格・筋肉が増えるだけでなく血液量も増えます。赤血球のヘモグロビンをつくる鉄分がより多く必要になりますが、その鉄分を食事で摂取し切れない場合、鉄欠乏性貧血が起きやすくなります。また、大量の汗によるナトリウム不足や筋肉疲労、骨の成長に筋肉の成長が追い付かないといったアンバランスな状態から、筋けいれんを起こしやすくなります。そうしたトラブルを防ぐためにどんな食事を摂るべきかを、しっかりと伝えるようにしています。

専門性を活かした連携が進化

──食事や補食の摂り方で防げるケガや改善できる症状などもあるのですね。

八巻：例えば、適切な水分補給は筋けいれんや脱水症状を防ぎ、パフォーマンス発揮のために重要です。特に北海道日本ハムファイターズの1軍選手は全国各地で試合があり、移動距離が長く頻度も高いです。移動が多くなると、通常通りの水分補給がしにくくなり、脱水リスクが高まることもあります。そのため食事や補食で水分が十分に摂れていない場合、こまめに水分補給をしましょうだとか、補食を有効に活用しましょうといった提案をしています。

櫻井：セレッソ大阪アカデミーでは、貧血の診断が出た選手に対しては監督やトレーナーと一緒に保護者の方に向けて面談をするなど、チーム全員で貧血のケアを実施します。スポーツにとって食事が大事だということが認知されてきましたし、スポーツ栄養学というジャンルの学問自体が進化してきて、先行研究も積み上がってきているので、根拠に基づいた栄養指導ができるようになってきたと感じます。

成長期のセレッソ大阪アカデミーの選手と保護者向けに配る食事に関するレターの一部。若い選手にはまず貧血対策への意識を持ってもらうようにしている。

櫻井：セレッソ大阪アカデミーの場合は、チームスタッフから遠征先でどういった食事を用意すればいいかといった問い合わせが多いので、最低限こういうものを揃えてくださいという情報をお伝えしています。全て栄養士がアドバイスして答えを出すというよりは、基本の考え方を伝えてしっかり知ってもらうことをクラブからも求められています。いずれスタッフも選手も、環境やコンディションに応じて必要な食事を自分たちで考えながら選択できるようになってほしい、という思いがあるのだと思います。

八巻：北海道日本ハムファイターズでは、選手との栄養カウンセリングの際に、筋力トレーニング専門のトレーナーであるストレングス&コンディショニング、トレーナー、アナリスト、スポーツサイエンティスト、コーチなどが入って、それぞれ違う専門性を生かしながら選手の身体づくりをアドバイスするといった連携が長年の栄養サポートの中で構築することができました。「食とスポーツで社会に貢献する」という創業者の精神を受け継ぐ日本ハムだからこその強みだと感じます。

コンビニや外食も上手に利用すればいい

──どちらのスポーツもオフシーズンがありますが、その間の食事についてはどんなアドバイスをしているのですか？

八巻：オフ中に上手に筋量を増やした選手の例やデータをご紹介して参考にしてもらいながら、どのような身体になりたいのか、まずは体組成の目標設定をします。また一人暮らしの選手も多く、コンビニを利用することも多いので、こう言った商品を選べばいいと言うような情報をお伝えしています。食べるメニューに気を付ければ、外食でも必要なエネルギーや栄養素が確保できること、アルコール対策に関する情報などを冊子にまとめて伝えています。
例えば、たんぱく質が10g以上摂れて低脂質なパンにはどのようなものがあるかだとか、スーパーやコンビニで買える定番総菜の上手な組み合わせ方や、食べるタイミング、頻度などをアドバイスしています。

栄養士が伝えたいことと選手が知りたいことにはギャップもあるので、選手が求めていることをきちんと伝えることを心がけています。これは駄目、あれは駄目、というのではなく、使うのであればこういうことに気をつけようと伝えることで、役立ててもらえる情報になればという考え方です。

2021年のオフ期間中に除脂肪体重アップに取り組んだ選手の体組成の変化

2021年のオフ期間中に体脂肪率ダウンに取り組んだ選手の体組成の変化

両チームとも、オフの時の選手の身体づくりと食事サポートにも力を入れ、除脂肪体重の増加と体脂肪率の減少を目指し取り組んでいる。棒グラフは参加選手全員の平均値、ひげグラフは標準偏差

食事に関するレターの中では、自炊をする選手に向けて、スーパーやコンビニで売られている総菜のアレンジメニューを紹介することもある

櫻井：選手からは、オフ期間中の1週間分の献立を作ってくださいだとか、レシピをくださいといった要望もあります。オフ期間中は、皆さん気合を入れてトレーニングで身体づくりに励もうとされるのですが、激しい運動後は一時的に免疫力が低下します。コンディションを保つためにも、また身体づくりをしっかり行うためにも、バランスよく食べることや休養も大切だということを伝えて、一緒に選手の身体づくりをサポートしています。北海道日本ハムファイターズのサポートから学んだことを、オフ前にはセレッソ大阪のサポートでも伝えています。

セレッソ大阪アカデミーの保護者に向けた栄養レターで朝食レシピの紹介も

──サプリメントの摂取については、どのように指導をしているのでしょうか？

櫻井：必要な栄養素は、まず日々の食事から摂取することが基本であることを選手や保護者にはお伝えしています。セレッソ大阪アカデミーの対象は子どもたちですし、サプリメントは基本的には使わない方針ですね。

「IMIDEA®（イミディア）エナジーメンテ」

八巻：プロ野球選手になると、食事では摂り切れない栄養素の補助としてサプリメントを使用することもありますが、摂取する場合はこういったものがいい、ということをお伝えしています。自社商品、他社商品含めてさまざまなものを紹介していますが、一般の方がイメージされているよりは、選手は摂取していないかもしれません。選手たちは、食事や補食の環境が整っているため、食事で栄養を摂取することが多いです。サプリメントを摂取する場合も、健康面やドーピングなどの問題を考慮して球団が用意したものを主に摂取しています。また自分たちで選ぶ場合も、成分などをトレーナーに確認してから摂取するという手順をしっかりと守っています。
自社商品では、鶏のむね肉に多く存在するアミノ酸結合体の「イミダゾールジペプチド」が簡単に摂取できる「IMIDEA®（イミディア）エナジーメンテ」は、トレーニング中のコンディショニングのために活用している選手は多いですね。イミダゾールジペプチド関連の商品は、選手に提供したり球場に置くなどして、いつでも利用できるようにしています。1年のほとんどが遠征というなかでも最高のパフォーマンスを発揮したい、と考える選手に活用していただいています。

──中央研究所としての活動から、スポーツ事業推進部に変わられて、どんなことに取り組んでいきたいですか？

八巻：日本ハムは食に関する企業として、北海道日本ハムファイターズやセレッソ大阪だけでなく、マラソン、スポーツ教室など、健康面・栄養面からスポーツを支える活動を続けています。そのような活動を外に向けても発信していきたいですね。スポーツ選手への食事指導や栄養サポートだけでなく、そこで得た知見を、スポーツをする人やそれを支える人たちにより広く伝えていくための情報発信プラットフォームを作りたいと考えています。

櫻井：これまでセレッソ大阪アカデミーでは子どもたちの食事調査を5年以上、毎年行ってきました。ここで得た知見を必要に応じて中央研究所にフィードバックし、分析結果から子どもたちの食の傾向や栄養摂取の偏りやその是正なども広くお伝えしていけたらと思います。

• トップアスリートの身体をつくる「食事戦略」（前編）
  ‐北海道日本ハムファイターズの場合‐