学生たちと考える「カラダに必要なたんぱく質、どう確保する?」
「挑戦」と「共創」を掲げ、たんぱく質の未来を作り出すことを目指すニッポンハムグループ。当社が関心を高めている社会課題の一つが、「若者にこそ必要なはずのたんぱく質が不足している」という現状。この課題を解決するにはどうすればいいか。たんぱく質に関心を持つ4人の学生と日本ハム株式会社代表取締役社長の井川伸久とが、食の未来とたんぱく質への新しいアプローチの方法について議論。挑戦と共創のヒントを探りました。


大槻巧真(おおつき・たくま)
Q. 大学での専門:肥育豚の咬傷行動を減らす研究
Q. 熱中していること:おいしいものを食べること、土木作業のアルバイト、養豚の研究
Q. 関心のある社会問題:アニマルウエルフェア、労働力不足

手島佳裕(てしま・よしひろ)
Q. 大学での専門:日本短角種子牛の増体について、特に牧草で牛を飼う研究
Q. 熱中していること:野球観戦、スニーカーの収集、肉牛の研究
Q. 関心のある社会問題:飢餓問題、たんぱく質クライシス、労働力不足

古賀優菜(こが・ゆうな)
Q. 大学での専門:たんぱく質の機構、特にヘムトランスポーターのヘム輸送メカニズムの解明
Q. 熱中していること:留学生との交流など国際交流活動、体力づくり
Q. 関心のある社会問題:高齢者の低栄養

森野晴海(もりの・はるみ)
Q. 大学での専門:たんぱく質の研究。特に昆虫食の普及について研究
Q. 熱中していること:テニスクラブでのコーチのアルバイト
Q. 関心のある社会問題:食品ロス

井川伸久(いかわ・のぶひさ)
Q. 熱中していること:さまざまな業種、多様な人々との「共創」
Q. 関心のある社会問題:たんぱく質クライシス
※ 本企画は日本経済新聞社の「日経未来会議プロジェクト」連動企画です。日本経済新聞の読者と紙面を通じて、社会課題や問題意識を共有し新事業のアイデアを議論しました。
「カラダに必要なたんぱく質、どう確保する?」というテーマに行った議論の内容は以下のリンクをご覧ください。
たんぱく質の摂取量不足をどう解消する?
井川:みなさんはそれぞれ、豚の研究(大槻さん)、牛の研究(手島さん)、たんぱく質のメカニズム(古賀さん)、昆虫食の研究(森野さん)と、大学ではたんぱく質に関わる研究をされてきたわけですね。今日は、みなさんと挑戦や共創のヒントとなるような議論ができたら嬉しいです。
ところで、20代、30代では、朝食を「ほとんど食べない」人は、約2割*と言われています。ご存知でしたか?
*出典:農林水産省「食育に関する意識調査報告書」(令和6年3月)P.22
古賀:知りませんでした。井川さんは朝食は食べる派ですか?
井川:私は今、単身赴任なのですが、平日の朝はトーストと「シャウエッセン®」か「モーニングサーブ」、あるいは「もう切ってますよ! 焼豚」をトーストに3・4枚載せて、マヨネーズをかけて食べたりしていますね。みなさんは?
古賀:私は通学時間が長くて朝はあわただしいので、手軽にバランスのとれたものをと思って栄養補助食品を食べるようにしています。本当はゆっくり食卓で主食や副菜を食べられるといいのですが。
手島:私はわかめご飯です。確かに献立を立てて食べるといいなとは思うのですが。
森野:私は朝からしっかり和食で、納豆ご飯とみそ汁だったりします。一番のこだわりは鶏むね肉で作るチャーシュー。低カロリー高たんぱくなので、朝からたくさん食べても罪悪感がありません。
大槻:正直、朝は食べていないです。アルバイトがある日は、コンビニで塩おにぎりを買ったりする程度です。
井川:しっかり食べたいけれど、朝はなかなか食べられないのでしょうね。若い人を中心にほぼどの世代も1日のたんぱく質摂取量が目標値に達していない。ここ20年のたんぱく質摂取量の平均値は戦後間もない1950年代と同水準です。日ごろ、たんぱく質を意識することはありますか?
森野:周囲を見ても時間をかけずにワンハンドで食べられるものを選択する人が多く、知らず知らずのうちにたんぱく質不足につながっているのだと感じます。
大槻:今まで、日本人の多くがたんぱく質不足だという事実を知りませんでした。メディアやSNSを通じて、もっと知らしめていくことが大切だと思います。
手島:そうですね。私は肉や魚をよく食べるのですが、単純に好きだからという理由で食べているだけで、たんぱく質を意識することはありませんでした。自分と同じような若者が多いと思いますので、摂取量を増やすためには、たんぱく質が体でどのような役割をしているのか、たんぱく質が不足すると、体にどのような悪影響があるのか、知識を広めていく必要があるかなと思います。
古賀:私も以前は栄養バランスを意識することがなかったのですが、大学の授業をきっかけにスマートフォンの栄養管理アプリを使い始めるようになりました。食べたものを記録すると摂取した栄養素の量を把握できるアプリで、昨日はたんぱく質が不足していた、今日はカロリーを摂り過ぎたなど意識するようになりました。ですので、摂った栄養素を見える化することは有効ではないかと思います。
井川:確かに啓発や見える化は大事な部分で、不足しているという感覚さえあれば、意識的に摂ることができますね。以前、日本経済新聞の「日経未来会議プロジェクト」で私から問いかけた「カラダに必要なたんぱく質、どう確保する?」という課題に読者の方々から寄せられた意見の中でも、プロテインウィークを導入してたんぱく質の重要性をPRするというアイデアをいただきました。たんぱく質をもっと摂ろう」とする啓発活動は我々の使命だと強く認識しました。
畜産の持続可能性とどう向き合う?
井川:もう一つ今日みなさんと議論したいのは、畜産の持続可能性についてです。
今、日本の畜産業は高齢化と担い手不足が大きな課題になっています。私たちの会社も持続可能な畜産を目指して、省人化、省力化のサポートに取り組んでいます。例えば、「PIG LABO®」(ピッグラボ)という、AIを活用したスマート養豚システムを開発しています。これまでは熟練者によって見分けていた母豚の種付け適正時期の判定や、豚の成育を確認するのに必要な体重測定などの時間と労力を使う作業をAIで検知するものです。養豚に従事する方の作業軽減につながり、例えばその時間を畜産農家の方が家族で外食に行くのに充てられないか、そういった畜産従事者のワークライフバランスの充実に貢献するようなサポートとなるべく日夜研究しています。
若い人に畜産に興味を持ってもらうためにはどんなことが必要だと思いますか?
手島:私は、大学で肉牛についての研究をしているのですが、研究を始める前までは、牛は広い放牧地で草を食んで育つというイメージでいました。身近でありながら、畜産物がどう生産されているのかが伝わっていないと感じます。例えば畜産物がどう作られるかを知り体験できる施設やイベントがあれば、もっと実際の現場を若い人たちに広められるし、興味を持ってもらうことができるかなと思います。
森野:都市への人口集中が進み、若者が畜産業を実際に目にする機会がなくなっていますね。その結果、将来の職業の選択肢から外されてしまっているように思います。畜産業のフランチャイズ化で機材のレンタルや、技術・販路を提供して畜産業へのハードルを下げ、都市部からでも通えるぐらいの所でもできるようになれば、身近に感じてもらうことができ、職業を選択する際に畜産業が若者の頭に浮かんでくるのかなとも考えます。
井川:大学の農学部に、近年女子学生が増えていると聞いています。動物に関心を持つ人の増加や、機械化による体力的な負担の軽減などが要因としてあると思います。畜産に関わりたいという方が一定数おられる中で、おっしゃるように、従事できる環境を作り、ハードルを下げることはこれからの課題なのかなと思いますね。
大槻:大学の研究で養豚場に毎週通っていますが、やはり大変な仕事です。畜産業に携わる人を増やしていくには、給料のアップが必要不可欠だと思います。また、私がアルバイトをしている土木作業はきつい力仕事で人気がない業界ですが、アルバイト先には若い社員さんも少なくありません。給料の高さで若者の求職に成功していると思います。今、えさ代の高騰など畜産業界で賃金アップは難しいとは思いますが、やはり労働に見合う対価がしっかりないと人は増えていかないと自分は考えます。
井川:畜産をサポートするだけではダメで、需要があってこそ供給が成り立ち、収入につながっていきます。そのためには、みなさんにしっかりとたんぱく質を摂ってもらうことが畜産業にとっての後押しになることも、ぜひ頭に入れておいてください。
たんぱく質クライシスへの解決策は?

井川:ところで皆さんは、「たんぱく質クライシス」あるいは「プロテインクライシス」ともいいますが、知っていますか? 世界人口の急速な増加や気候変動による飼料不足で、たんぱく質源となる牛や豚、鶏、乳製品などの生産量が追いつかなくなることです。早ければ2030年にもその危機が訪れるといわれています。
牛・豚・鶏の生産を続けることは我々の使命ですが、同時に、将来のたんぱく質の不足に備えて、代替たんぱくの開発も急ピッチで進めています。
古賀:海外の友人が以前ベジタリアンになろうとして肉を食べることを一切やめたのですが、2か月で体調を壊して元の食生活に戻したそうです。たんぱく質が不足するということは、すなわち生きる力が不足してしまうことなのだと実感しました。ですので、たんぱく質クライシスに対しては、動物由来のたんぱく質を安定供給することに加えて、それ以外のたんぱく質をいかに供給できるようにするかが重要かなと思っています。
手島:文化的な背景や環境問題、動物福祉の観点から肉を食べない人にとって、代替たんぱくは食の選択肢が広がることにもなると思いますね。 森野 宗教や体質に関わりなく、全ての人が同じようにおいしさを楽しむことができる手段でもあります。
井川:その通りだと思います。植物由来の大豆ミートはすでに販売していて、外食チェーンのサンドイッチやコンビニエンスストアを中心に伸びています。麹を使った新しいたんぱく質も研究開発中です。ただ、代替たんぱくを進めていくためには、段階があると考えています。一気に現状の牛・豚・鶏から代替たんぱくに代えても、人間は頭で味をイメージしてしまう傾向があるのです。
大槻:私がそうでした。2年ほど前に、カフェチェーンで代替たんぱくを使ったサンドイッチを食べたときは、食べているうちに食感や味が普段の肉とは少し違うなと感じて、食べるのをやめてしまいました。でも、今や事前に情報を知らずに食べれば気付かないレベルだと思うので、日々食べていて、よく見たらそうだったんだと気づくようになればいいと思います。
古賀:私は一昨日、コンビニエンスストアで牛ごぼう味のバーを購入して食べたのですが、ふと裏を見たら、このお肉は大豆加工品ですと書いてありました。大豆でできた肉ですとアピールして売っていくよりは、大槻さんがおっしゃるように、自然と一人ひとりの食生活に浸透していくような形になっていけばいいのかなと思いますね。
「カラダに必要なたんぱく質、どう確保する?」学生たちのアイデアは

井川: では、最後に「カラダに必要なたんぱく質、どう確保する?」という課題に対してのみなさんのアイデアを発表してもらえますか。
家庭用「たんぱく質メーカー」
森野:先ほど代替たんぱくの話がありましたが、私のアイデアは「たんぱく質メーカー」です。ヨーグルトメーカーのように細胞培養技術を使って肉を自宅で手軽に作ることができる機械を開発することです。少量の細胞から大量の肉ができるようになることで、たんぱく質を安定的に確保することができます。魚の頭といった普段家庭では廃棄されてしまうような食材もたんぱく質メーカーから肉や魚に変えることができれば、食品ロスの削減にもなり循環型社会が実現できます。
井川:たんぱく質メーカー、面白い発想ですね。今、当社では食品成分由来の培養液を用いた細胞性食品の実現に向けて研究しています。日本では市場での販売に時間がかかると思われますが、すでにシンガポールやアメリカなど海外の一部では行政の販売認可がおり、実際にシンガポールでは販売が始まっています。おいしさを評価していただけるように努力し、未来の食材を大切に育てていきます。
国内産グラスフェッドビーフを
手島:私は、草食動物である牛を草で育てることを提案します。牛は草食動物ですので、人間が利用できない草を食べて、人間が利用できるミルクや肉に変えてくれる素晴らしい能力を持っている動物です。今は牛のえさは輸入穀物が大半ですが、放牧して草で牛を育て、人間が利用できる穀物は人が食べる形を作っていけば、飢餓や食糧問題の解決にもつながると考えます。日本ではサシが多く柔らかい肉が人気ですが、草で育てた赤身の多い肉の味わいや魅力をもっと消費者に広げていく必要があるかなと思います。
井川:そうですね、自然で育てた牛・豚・鶏はこれからどんどん増えていくでしょう。今、当社では、オーストラリアに東京の山手線の内側ぐらいの面積の土地で肉牛を約10万頭飼っています。欧米やオーストラリアでは、そういう商品は値段を高くしても売れる市場が育っています。ただ放牧にはそれだけの広い土地が必要になりますし、家畜を飼うことには、地域の方にもご納得いただかないとできませんので、そういうことへの理解を深めることも我々の使命かなと思いますね。
小売業と協業しながら、朝からたんぱく質摂取を
大槻:私が考えたのは、若者のたんぱく質摂取不足を解消するアイデアで、「朝からたんぱく質摂取大作戦」です。若い世代では、私のように朝食を抜いたり、適当に済ませて、たんぱく質不足になっている人が多いと思います。かといって、昼食や夕食の習慣を変えるのは難しいと思うので、朝食をどうしたら摂ってもらうことができるかを考えました。具体的には、コンビニエンスストアやファストフード店とコラボして、朝だけ30%オフや、たんぱく質を多く含む商品を朝だけ特売する。自分のように面倒くさくて食べないという人も得だし、塩おにぎり一つよりは、ハンバーガーを買ってみようとなる。おいしければ継続的に食べれられますし、習慣化していけると考えました。
ドローンをつかったたんぱく質デリバリー
古賀:私は、さまざまな状況に暮らす人がたんぱく質を確保するためのアイデアとして、「ドローンによるパーソナルたんぱく質デリバリー」を考えました。AIを用いて栄養管理アプリのように、一人ひとりの食生活の栄養状態を管理し、たんぱく質が不足したときに必要な分だけ、ドローンがたんぱく質供給源を持ってきてくれるサービスです。このサービスなら、例えば一人で暮らす高齢者やお子さんがいるご家庭、忙しい社会人や食事制限がある方も、また住んでいる場所や年齢を問わず、全ての人にたんぱく質を手軽に供給できる手段になると思いました。
井川:ありがとうございます。大槻さんの現状の食生活を変えずに、何かを加える、どこかとコラボするというのは、これからの一つのアイデアだなと感じました。
また古賀さんのドローンのアイデアも、そこにプラス楽しさやホスピタリティが加わったらより現実に近づいていけそうですね。物理的に運ぶだけでなく、例えば一人で暮らすお年寄りは対話が必要なのでそうした部分を加えられたりするといいですね。
みなさんから有意義な意見を聞くことができました。若いみなさんには、たんぱく質が必要なんだということを認識し、ぜひ周囲にも伝えていただきたいですし、私たちメーカーとしてもたんぱく質の未来にしっかりと向き合い、事業を展開していきたいと思います。
