5 たんぱく質への責任

より良い食のあり方、「Mealin’ Good」を考える。
21人による産学連携ワークショップをリポート。

人にも地球にも心地よい、サステナブルな食のあり方を、日本ハムは日々追求し商品開発を行っています。そんな持続可能性の高い食への取り組みを「Mealin’ Good」と名付け、地球環境や健康に配慮した商品展開を進めています。「Mealin’ Good」に込めた私たちの思いを、多様な価値観を持つ消費者と共有し、新しい食のあり方を探ろうと、日本ハムは産学連携ワークショップを実施しました。東京科学大学大橋匠研究室の協力を得て「トランジションデザイン」というアプローチを用いながら、学生や食肉加工者など多様なバックグラウンドを持つ21名とともに、未来の食の姿を考察。そこで生まれた「Mealin’ Good」の姿とは?ワークショップに携わったキーマンに伺いました。

大橋匠(おおはし・たくみ)

東京科学大学 環境・社会理工学院 准教授 融合理工学系エンジニアリングデザインコース。博士(工学)、技術経営修士(専門職)。専門はトランジションデザイン、人間中心デザイン。持続可能な社会の実現に向けて、畜産、防災、介護など多様な分野において、学際的・超学際的なアプローチで研究を進めている。ステークホルダーとの緊密な連携を通じて、各分野の課題解決と持続可能な実践への移行プロセスの形式知化に取り組んでいる。

藤崎真生子(ふじさき・まおこ)

東京科学大学 環境・社会理工学院 融合理工学系エンジニアリングデザインコース 修士1年。トランジションデザインを研究し、デザインリサーチ、共創ワークショップの設計に取り組み、分野横断的な課題解決と持続可能な実践への移行プロセスを探求。研究テーマは「日本における食肉・たんぱく質供給システムの持続可能化に向けたトランジションデザイン」。現在はオランダ・デルフト工科大学長期交換留学中。

望月太郎(もちづき・たろう)

グループ戦略推進事業部 新規事業推進部マネージャー
日本ハム株式会社に入社し、食肉事業本部の牛肉輸入販売部門に配属される。その後、広告宣伝およびマーケティングを担当し、経営企画部を経て、現在はグループ戦略推進事業部 新規事業推進部においてサステナビリティ事業や構造改革に取り組んでいる。

真下直貴(ましも・なおき)

サステナビリティ部主事
2016年日本ハム入社、食肉事業本部において畜産副産物(飼肥料、皮革、油脂)の調達・営業を経験後、2023年4月より現職。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)やTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく情報開示、生物多様性の保全、人権尊重に取り組んでいる。

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トランジションデザインというアプローチとの出合い

── 大橋研究室との産学連携ワークショップを行ったきっかけを教えてください。

望月:私たちは「人も地球も心地よく、より良い毎日へ。」をコンセプトに「Mealin’ Good」を掲げています。今よりサステナブルな選択肢を消費者に提案していくことが私たちの使命ですが、良い商品があってそれを望んでいる方々もいるのに、私たちの思いが届きづらい現状に直面していたのです。商品、そして私たちの考え方を、社会にどう広げていくかという課題を感じていました。

真下:そんなときに、東京科学大学の大橋匠准教授の、アニマルウェルフェアなど生産方法に配慮した牛肉に市場がどう反応するかという研究発表を聞く機会がありました。新たな価値観を社会にどう普及していくかという方法論であるトランジションデザインについてお聞きし、具体的にトランジションデザインをご一緒したいとお話したのです。

── トランジションデザインとはどのようなものですか?

大橋:私たちが研究しているトランジションデザインとは、社会課題に対して変革・移行を進める方法論の1つです。新しい取り組みやテクノロジーはワクワクするものですが、それらは簡単に社会に実装されるわけではありません。阻害するものの1つが国際情勢や人口動態などの社会的環境(ランドスケープ)です。もう1つは、制度や文化、慣習、産業構造など、いわば社会ルールの束(社会技術レジーム)です。

牛肉を例にとると、消費者がサシを好むという文化があり、それに対して流通は霜降り肉を評価基準にする、すると生産者はそれに向けて牛を育てますよね。すでにこうした社会構造があるなかで、例えば「霜降りにとらわれず、赤身のうまみと価値を伝えられる新しい牛肉を流通させたい」と思ったとしても難しい状況があるわけです。社会技術レジームは相互依存性があり、既存技術や旧体制を保護する役割を果たしていますが、一方でこのように新しい技術やアイデアの普及を阻害することもあるのです。

この社会的なレジームの変革を、新しい取り組みをしようと思っている人たち(フロントランナー)を集めて、こうやったら変革が進むんじゃないかとか、こうやったら仲間が増えていくんじゃないかと推し進めていくわけです。持続可能な社会へのトランジション(移行)をデザインするアプローチは、オランダや北欧でいち早く取り入れられ、循環型のまちづくりなどを中心に多様な分野に応用されています。

今回は、サステナブルな食への第一歩として、食を取り巻くさまざまなステークホルダーが参加し、全く異なる視点を可視化することで、どういうところに問題があるのか共通理解を育もうと考えました。具体的には、望ましい未来への道筋を描くワークショップの実施です。日本ハムとの協働で、多様なステークホルダーを巻き込んだオープンな場として開くことができました。ワークショップはきっかけの1つで、参加した皆さん(フロントランナー)が、自身が考えたアクションプランを実行できる場やコミュニティを作り、変革を担うところへつながっていくことが理想です。

1日ワークショップに21名のフロントランナーが参加

── ワークショップを中心になって企画・運営したのは、現在はオランダ・デルフト工科大学に長期交換留学生として留学中の藤崎真生子さんです。事前にどんな準備をしたのですか?

藤崎:参加者には、いろいろな人に集まってもらうこと自体が重要でしたので、持続可能性に関心を持つイノベーターや、日本の食肉・たんぱく質業界の方、研究者など6つの視点から選定しました。日本ハムの皆さんの協力で養豚事業者にも参加していただきましたし、ビーガンになることを選択し実践している学生や、さまざまな食のあり方を研究する大学生、アニマルウェルフェアが専門の研究者、さらには中学生もいて、普通には出会うはずのない人たちが集いました。
ワークショップに先駆けて、全参加者21名に個別にインタビューを行い、1)今、食に関して取り組んでいること、2)その取り組みに対して感じている課題と追い風、3)日本の食、特に食肉・たんぱく質の短期・長期での未来感について、深掘りして聞きました。

1)と2)については「イマココカード」として30枚を作成し、3)については「未来の兆しカード」として、あらゆる未来の可能性を42にまとめて一旦カードにして、当日の議論の基礎資料にしました。こうした事前インタビューとカードの作成を行ったのは、背景の異なる参加者がお互いを理解しやすくすること、私自身が全体を把握して班分けや、どのように共創が起きるかを設計しやすくするためです。

イマココカードの例と未来の兆しカードの例

フロントランナーの視点:
                      サステナビリティは、長期では求められているはずだけど短期的には市場がない。
                      持続可能な食品の重要性は長期的に認識されているものの、現在の市場はこれに追いついていない。技術開発と市場のバランスがこの分野の大きな問題となっている。企業は利益追求だけでなく、動物福祉やサステナビリティへの取り組みでブランディングを図る必要があり、一部の消費者も企業の変化を求めている。短期的なビジネス視点では進展が難しいが、中長期的な視点で持続可能な技術開発や市場形成が求められている。今後の動向には、企業の姿勢と消費者の選択が重要な役割を果たす。

イマココカードの例。インタビューを基に、「サステナビリティは長期的には求められているが短期的には市場がない」や、「日本の食の安全と廃棄の問題」など、現在の食ビジネスが抱える課題をまとめて、30枚のカードにした

未来の可能性に関する幅広いアイデアをまとめた「未来の兆しカード」。今回のワークショップでは、42枚を用意した

イマココカードを基に現状の問題を共通認識に

── 当日のワークショップはどのようなスケジュールで行われたのですか?

藤崎:ワークショップでは、事前に振り分けた班ごとにアクティビティに取り組んでもらい、それぞれテーブルファシリテーターがついてディスカッションの整理をサポートしました。

ステップ1として、午前中1時間半ほどをかけて、現状の問題構造の可視化を図りました。「イマココカード」や皆さんのインタビュー時の発言を付箋にしたものを使い、食肉やたんぱく質供給における現状の問題と考えられる要素をグループ化しました。関係があるものは矢印でつないだり、「サステナブルなことをしてみたい」「コストとのバランスが気にかかる」のように相反するものは双方向矢印にしたりして、問題構造を可視化していきました。全く背景が違う参加者の方々が、問題の根源や課題を一緒に導き出すワークです。

ステップ2では、2050年を想定した望ましい未来像の検討をしました。各班で、自分たちの未来の兆しカードをマッピングしながら、未来の可能性を構想してもらい、起こりうる未来ってこんなことがあるよね、その中で私たちがありたい未来ってどこだっけということを考える場としました。ディスカッションを経て班ごとに2~3個のありたい未来シナリオを作成しました。

ステップ3では、ステップ1で見つけた現状の課題から、ステップ2で構想したありたい未来までの道筋を逆算し、変革のためのシナリオや個人のアクションプランを立てました。皆さんに「自分ごと化」していただくことが大切なので、最後は一人一人、ご自身のアクションプランを書いてもらいました。

ワークショップでは3つのステップ、1)問題の可視化と構造化、2)2050年の望ましい未来の検討、3)未来までの道筋作りを通じて、未来へのシナリオを描いた

皆でありたい未来へのシナリオ作り

── ステップ3に向けて各班ではどんな議論が行われたのですか?

望月:4つの班がそれぞれ1~2つずつの望ましい未来を考えました。
私が参加した班はビーガンの方がいたので、植物由来の畑で取れたたんぱく質を使って、フードプリンターでお肉が作れたらいいよねという発想が生まれ、そこから議論を進めました。その技術があればたんぱく質クライシスに対しても画期的に物事を変えられる可能性があるし、ビーガンの彼も幸せだ。そこに向けてどういうステップを踏めばいいのかと、議論していきました。途中では、例えば「家庭で余った食材をフードプリンター用のインクに作り替え、フードプリンターで新しい食材に変えられたらフードロス対策にもなる」といった斬新なアイデアも出て、ビーガンという枠にとらわれない多様な議論ができました。

藤崎:フードプリンターをどうやって実現できるかも重要ですが、技術的なイノベーションの考え方や、これができたらビーガンの方も幸せで、お肉を食べたい人も幸せ、それが家庭で完結したらいいんじゃないかという考え方は、フロントランナーの方々がアクションを起こすうえでも、コミュニティを作っていくうえでも、非常に大きな発見だったなと思います。

真下:私は、養豚事業者の方と主婦の方がいる班で、主婦の方からは「環境にいいとかサステナブルってどういうことをやっているのですか正直わかりづらいです」という声があり、養豚事業者の方からは実際の生産の現場でやっていることについてお話がありました。班のメンバーからは、生産の現場やその情報が詳しく知れれば、未来に向けての選択肢も広がってくるという話ができました。

藤崎:もう1つ、人にも動物にも優しい赤身肉というシナリオが出た班は、「今A5ランクのサシが多い肉がすごく評価されているけれど、最近歳を重ねて脂の多いお肉はきついと感じるようになってきた中で食べた引き締まった赤身はおいしかったよ」という話から始まりました。そこに、動物行動学を研究されている先生の「実は放牧による赤身肉は動物にもいいんですよ」という話で議論が加速しました。いい意味で皆さんのバックグラウンドが表れていて、ありたい未来へのアプローチには特色も出てきました。
参加者の中に中学生がいたことも起爆剤になっていました。「それはどういうことですか?」など率直な疑問に、大人の皆さんがグループワークの中で噛み砕いて説明しながら、小学生にもわかる言葉にして広めることは重要だよねと、気づきや情報のブレイクダウンが行われていました。

大橋:午後には、日本ハムの皆さんからグラフォアと代替肉のナゲット、フィッシュフライをご用意いただいて、「人も地球も心地よく、より良い毎日へ。」という「Mealin’ Good」の考え方もプレゼンいただいて食べるというおいしい時間もあり、こうした実体験が食の将来の解像度を高められたと思います。

「こうだったらいいね」が最初の一歩

藤崎:その後、各班で作成された道筋やアクションプランを大橋研究室で分析し、共通する要素を統合して、未来に向けた3つのシナリオを考えました。それが「ごちそう放牧赤身」「地域密着&循環型コミュニティ」「フードプリンター飯」です。

ワークショップから導き出された、食の未来に関する3つのシナリオ(Artwork by Shiori Fujimaki, Researcher, Institute of Science Tokyo)

大橋:ニッチな取り組みをしようとしたときに、どんなふうに仲間を作っていけばいいのか正解はありませんが、3つのシナリオをさらに概観し、新しい食の文化が生まれるための大きな流れをまとめたのが下記の図です。

新たな食の文化を生むための社会変化の流れをまとめた図(Artwork by Shiori Fujimaki, Researcher, Institute of Science Tokyo)

「社会の常識」とされるものは3つの圧力で規定されると言われています。1つが強制的な圧力、法規制やルールなど社会制度ですね、もう1つが規範的な圧力、何々すべきだというもの、もう1つが「皆がやっているから」という模倣的な圧力です。
起点となるのは規範的なもので、「こうだったらいいね」という共通の思いを持つ人たちがコミュニティを形作り、次に、「皆がやっているから」という模倣的な圧力が生まれ、そして皆がやっているなら、ということで法規制や制度、助成金などに波及して変革が起きる。今回のワークショップを通じて、社会変革を起こすときに、どこから順序立てて取り組めばいいのか、その流れが見えたと思います。

藤崎:参加していただいたフロントランナーの方たちに、その「こうだったらいいね」を自分ごと化していただくことが、第一歩としては重要だと思いますね。

トランジションデザインとMealin’ Goodの高い親和性

── ワークショップの最後に、望ましい未来に向けて各個人が行動目標を立てたそうですが、皆さんの自分ごと化は進んだのですか?

望月:私は「フードプリンター買います」と書きました。実際にフードプリンターを使った肉商材開発に取り組んでいるベンチャー企業の方と情報連携しながら、選択肢を世の中に提供できないか共創しています。

藤崎:参加者の皆さんへの事後調査でも、自分ごと化が行われているという結果が出ています。主婦の方が、生協で扱う品目に動物とか環境とか配慮したものを入れるために、取り組みを始めたというお話も聞いています。議論する過程を共にすることで、考えるきっかけとなる種を蒔くようなものでもあるので、今すぐ明確な変化がなかったとしても、今後トランジションが進んでいったときに、参加したワークショップで似たような話を聞いたなど、何らかの影響を感じてくださればうれしいですね。

真下:私は、自分ごと化のカードに「わかりやすく伝えたい」と書いたのですが、サステナビリティについても、「Mealin’ Good」の事業についても、まだまだ思った形で届いていないこと、どういう伝え方が必要かなど、気づきがたくさんありました。

藤崎:ステップ1の課題の可視化やステップ2の未来を描く段階から、「Mealin’ Good」のコンセプトに近い、「人にも地球にも優しくておいしい」などの考え方が出ており、日本ハムが目指す食のあり方は、多様な価値観を持つ多くの人々から共感していただけることを確信しました。特にフロントランナーの方々は食に関する感度が高いこともあって、親和性はとても高かったと感じます。今回ワークショップに参加してくださった方全員が、その思いをこれからの生活やご自身の仕事を通じて、「自分たちにとってのMealin’ Good」とは何かを考えながら行動してくださるとうれしいです。

大橋:こうしてある程度長期の視点で考えると、ビーガンと養豚事業者の方など短期的には意見が相反するように見える人たちも、実は同じ未来を描き、同じ方向を向ける可能性があるのです。トランジションデザインの役割は、まさにこうした思想の異なる人々を結びつける力があることに他なりません。その力を今回のワークショップでは示すことができたと思います。

本ワークショップで得られた研究成果は、学術論文としてプレプリントサーバーに公開されています。

Authors: Maoko Fujisaki1, Shiori Fujimaki1, Taro Mochizuki2, Naoki Mashimo2, Kenichi Taki2, Kenji Takasaki2, Miki Saijo1, Yuki Taoka1, Momoko Nakatani1, and Takumi Ohashi1,3
Title: Transition Design for a Sustainable Meat and Alternatives Supply Chain in Japan: Three Transition Scenarios Envisioning Future Food Systems
Preprint server: OSF Preprints
Affiliations:
1 Institute of Science Tokyo, Japan
2 NH Foods Ltd., Japan
3 Chulalongkorn University, Thailand
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