5 たんぱく質への責任

鶏肉を工場で個別包装する「産地パック」
量産店負担軽減+商品の信頼度アップで販路拡大

鶏肉はスーパーで切り分けて発泡トレーに詰め、ラップを巻いて陳列するもの。長い間、これが流通業界の常識でした。しかし近年、スーパーの精肉売り場には、鶏肉を真空パックした商品が登場しています。日本ハムは今から10年以上前に、発泡トレーを使わないこの新しい包装形態をいち早く導入しました。店舗のバックヤードの省力化や、賞味期限の延長、使用資材の低減など、多方面にメリットがあるこの新しい包装形態について、開発の経緯や狙いを聞きました。

大日本印刷株式会社 Lifeデザイン事業部 リーダー
辻本隆亮(つじもと・りゅうすけ)

1996年大日本印刷株式会社入社。紙カップの製造プラントの設計を経て、包装システム設計など包装機開発・販売・立ち上げなどを行う包装総合開発センターに異動。2004年から、包装材料の設計開発に携わり、商品の包装パッケージ全般の提案から製造・包装充填ライン構築まで幅広く取り扱い、製品化に従事し、多くの包装関連の賞を受賞。2017年より現職。

日本ハム株式会社 食肉事業本部 国内食肉第二事業部
国内フレッシュチキン部 部長
田中雄一郎(たなか・ゆういちろう)

1992年日本ハム株式会社入社。国内ブロイラー部を経て93年、ニッポンハムグループが国内外で生産・輸入する食肉商品を量販店などに販売する西日本フード株式会社に出向。99年に日本ハムに復職し、以来、国内産の牛豚鶏肉全般を幅広く取り扱う。2020年より現職。

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外資系大手スーパーの要望を機に導入を決定

2001年の出荷開始以来、桜色の身の美しさ、鶏特有の臭みの少なさ、ビタミンEの含有量の多さなどが支持されてきた「桜姫®」。北海道、青森、新潟、宮崎に広大な農場を有するニッポンハムグループの養鶏事業者日本ホワイトファーム株式会社が、生産・肥育から処理・加工・販売に至るまでを一貫して担う国産銘柄鶏のブランドだ。

桜姫®ってどんな鶏肉?

桜姫®は2001年の発売以来人気を博すロングセラー商品。近年、アスリートや健康志向の消費者を中心に人気が高い鶏むね肉では、うま味成分の一種であるグルタミン酸の含有量が一般の鶏肉に比べて約1.7倍あったという点も見逃せない。
※桜姫むね肉と日本栄養・食糧学会遊離アミノ酸データベース11180602若鶏肉むね比較(2022年3月日本ハム㈱中央研究所調べ)

桜姫®の3つの特長

  • 透明感のある桜色
  • 鶏独特の臭みが少ない
  • 一般の鶏肉に比べてビタミンEが3倍以上

※日本食品標準成分表2015数値比較

この桜姫®ブランドで力を入れて取り組んでいるのが、「産地パック」という個別包装の形態だ。産地パックは、産地の工場で鶏肉のカットと真空パックまでを出荷前に済ませてしまうため、量販店の店内(インストア)では、カットしたり、個別の発泡トレーに詰め替える加工が一切不要になる。店頭では価格のラベルを貼るだけで、あっという間に陳列できる。

現在日本のスーパーマーケットでは、産地の工場が出荷した塊肉を量販店のバックヤードでカットし、発泡トレーに詰め替える従来型の「トレーパック」方式と、「産地パック」の2つの包装形態で販売されている。

左が「トレーパック」方式の包装形態。右が「産地パック」方式の包装形態

「消費者の購買行動は習慣に大きく左右されます。現時点ではトレーパックと産地パックが精肉売り場に並んでいると、買い慣れたトレーパックに無意識に手を伸ばすお客さまが大半です。ただし、ここ5年ほどは産地パックを選ぶ方の割合が少しずつ増えており、桜姫®の売り上げ全体の3割ほどを産地パックが占めるまでになっています」と国内フレッシュチキン部の田中雄一郎部長は語る。

日本ハムが現在の産地パックの開発に乗り出したのは、2013年。当時は、「鶏肉を真空パックして販売する国内の同業他社は、自分が知る限り皆無」(田中部長)という状況だった。

導入のきっかけは、ある外資系の大手スーパーチェーンからの依頼だ。欧米では、「ケースレディミート」(『仕入れ後、すぐショーケースに並べられる』の意)と呼ばれる産地パックが2000年代初頭に一般化していた。同スーパーチェーンから「日本国内のいくつもの精肉業者に産地パックを導入してほしいと話を持ち掛けたが、前例がないからとことごとく断られた。チャレンジ精神に富む日本ハムが先駆けとなり、日本にもこの包装形態を広めてほしい」と要望されたのだ。

実は日本ハムは1990年代の一時期、海外視察でケースレディミートを知った当時の鶏肉担当者の発案で、真空パックした鶏肉を販売したことがあった。しかし、ぶ厚い上に透明感にも乏しかった当時のプラスチック包装資材でパックされた肉は、「ロウ細工のよう」に見えてしまい、まったく売れなかった。

「ただ今回は依頼主が大手のお得意先であったこともあり、改めて産地パックについて調べてみたのです。すると、包装形態として優れた点が多く、使用する機械も包装資材も90年代に比べて著しく進化していることがわかりました。『これは今後、日本でも必ず広まる』と確信できたので、会社に導入を進言しました」(田中部長)。

対象を鶏肉に絞ったのは、ブロック、スライス、細切れ、ひき肉などカットの種類が多い牛や豚と違い、鶏肉は一枚肉での販売が主体で、包装が容易だったからだ。導入が決まると、「さっそく日本ホワイトファームの5工場のうち3工場(札幌、東北、宮崎)に、産地パック専用の製造ラインを構築しました」。

産地パックは、量販店、家庭、地球環境にメリット

従来型のトレーパックと産地パックの桜姫®が日本ホワイトファームの工場から出荷され、量販店の精肉売り場に並ぶまでの流れと所要日数は下図の通りだ。

トレーパック用に工場から出荷されるのは2kg相当の塊肉。店舗到着後に行われるカットとトレー詰めの作業は、翌朝の開店に間に合わせるため、前日の深夜に行われることも。田中部長によれば、店舗の多くはトレー詰めの時点で賞味期限を2~3日程度に設定するという。

対する産地パックは店舗に到着後、すぐ売り場に陳列できる。産地パックの賞味期限は出荷時点で8日。そのため「店頭陳列時点で4~5日程度の賞味期限を残しているケースが大半です」。

トレーパックと産地パックが工場出荷後、精肉売り場に並ぶまで

産地パックは、工場で出荷されてからお客様の手にわたるまでの時間が短い。またその間一切人の手に触れず、空気に直接触れることもないため、鮮度を保ちやすい。

スーパーマーケットなどの販売店にとって、産地パックの最大のメリットは省人化だ。職人技を要する肉のカットのほか、トレー詰めやラップを巻く作業などがすべて不要になる。さらに、「出荷後、一度も開封せずに販売できるので、鮮度が落ちにくい」「賞味期限がトレーパックの2倍程度と長い」「大きくかさばる発泡トレーの保管場所がいらない」といった利点もある。

もちろん消費者のメリットも数多い。トレーパックと違い、産地パックなら肉の裏面も見えるので、肉全体の状態をチェックできる。持ち帰り時にドリップが漏れる恐れもない。さらに、家庭の冷蔵・冷凍庫内で保存中も場所を取らず、肉を取り出した後の包装材は小さく丸めて、廃棄時にもかさばらなくて便利だ。

産地パックのエコな側面も見逃せない。トレーパックに使われる発泡トレーとラップ、産地パックの包装材を比較した場合、両者の総重量はほぼ同等だ。だが産地パックはパッケージに使用されるプラスチックの一部に、バイオマス原料を使用している。また産地パックを選択すれば、トレーパック用の塊肉を出荷する際に使う100%石油由来の業務用袋を使わずにすむ。さらに輸送トラックの保冷温度も、トレーパック用の肉は0℃なのに対し、産地パックは0℃~4℃と幅があり、二酸化炭素排出量の抑制も期待できる。

このように、量販店、家庭、地球環境それぞれにメリットがある産地パックは、「三方よしの包装形態」といえる。

産地パックは販売店にも消費者にも環境にもメリット

量販店のメリット

  • 肉のカット、発泡トレーへの再包装のための人手が不要。すぐに店頭に陳列できる
  • 鮮度が落ちにくく、賞味期限が長い
  • バックヤードの発泡トレーの保管スペースが不要

消費者のメリット

  • 肉の裏も表もチェックできる
  • ドリップ漏れが起きにくく、買い物袋(エコバック)を汚さない
  • 冷蔵・冷凍庫内でかさばらず、立てて収納もできる
  • 廃棄時にかさばらなくて便利

地球環境にも貢献

  • 全体で見ると、プラスチック使用量がトレーパックより少ない
  • トレーパック用より輸送時の肉の保冷温度が高く、CO2削減効果も期待

肉をしっかり見せるため、パッケージデザインを2度変更

桜姫®の産地パック導入開始から12年、「軌道に乗せるまでには数えきれないほどの紆余曲折がありました」と田中部長は振り返る。なかでも苦心したのが鶏肉を包装する「深絞り機」の扱いだ。

産地パックは、トップとボトム、上下2層のシートの間に鶏肉を挟む形状で成り立っている。深絞り機は、①ボトム用シートを熱成形し、内容物を収めるために円筒状や角筒状などのくぼみを作成する→②内容物を配置する→③トップ用フィルムを被せた後に内部を真空状態にし、熱シールでフィルムを接合する、の三工程を経て、真空包装する装置だ。改善には、機械メーカーやさまざま包材メーカーの協力を得ながら進めた。中でも産地パックの導入を田中部長と進めた大日本印刷株式会社の辻本隆亮リーダーは、深絞り機について「ポーションタイプのコーヒーフレッシュ、ハム、かにかまなど、さまざまな食品の包装に幅広く使われている機械」だと説明する。

一枚肉の鶏むね肉やもも肉などを収めるのに適したくぼみの形は角筒だ。だが、「薄手のボトム用シートに熱を加えて角筒を作ると、どうしても四隅が薄くなり、小さな穴が開いてしまいがちでした」と田中部長。穴が開かない程度の適度な厚みを保ちながら、四隅を形成できるようになるまで、厚さや材質の異なるボトム用シートを何種類も試し、加熱温度や時間の微調整を繰り返したという。

発売当初の桜姫®のトップフィルム。ピンク色の背景に櫻の花びらを模した窓を設け、そこから中の肉が覗くデザインだった。

トップ用フィルムのデザインも変遷を重ねた。発売当初のデザインは、中の肉が透けて見えるよう透明な部分を窓状に残し、周囲はピンク色の桜の花びら模様で飾ったが、「やや派手すぎて肝心の肉が目立たず、生肉なのに加工食品と間違われることもしばしばでした」。そこで肉をしっかりと見せるため、パックの裏表を反転し、くぼみ側を上にするリニューアルを実施。すると今度は、肉の状態は一目瞭然となったものの、「桜姫®」の商品ロゴが見えづらくなってしまった。

くぼみ側を下に戻し、商品ロゴと最小限の文字情報のみをトップ用フィルムに印刷した現在のデザインに落ち着いたのは2014年。「一見シンプルながら、フィルムに色をかけず全体を透明のままにしたため、桜姫®の持ち味である桜色の身の美しさが映え、商品ロゴも視認しやすくなりました」。

SDGsの観点から、2022年にはトップ用フィルムに、バイオマス度10%のポリエチレンフィルムを採用した。加えて「2023年にはバイオマス度20%のPETフィルムも採用し、意匠性や密封性などの機能性と、環境配慮を両立した設計としました」。(辻本氏)

問合わせ番号明記で責任を明確化。賞味期限延伸、日本品質で海外にも販路拡大

日本ハムの責任を明確にする意味も込めて、問い合わせの電話番号を明記した

桜姫®の産地パックには、発売当初からお客様の問い合わせ番号が記載されている。精肉の場合、販売した店舗が消費者からの問い合わせに対応するのが一般的。メーカーが顧客に直接責任を持って対応することは珍しい。「ニッポンハムグループが鶏の飼育から処理・加工・包装・配送まで一貫して行っている商品だからこそできること。問い合わせ番号を載せることで、作り手である私たちの責任を明確にしたかった」と田中部長は、その意図を説明する。「幸いこれまでに、産地パックに関する主だった苦情は受けていません。今後も製造部門が一丸となり、気を引き締めて産地パックを作り続けていきます」

このように、日本ハムの鶏肉のブランディングにも貢献する産地パックだが、田中部長は量販店に対する産地パックのメリットの周知を「今後、より注力したいことのひとつ」と話す。

量販店にトレーパックから産地パックへの切り替えを勧める際、ハードルとなるのが産地パックの卸売り価格だ。「産地パックの卸売り価格には、産地パックの包装資材と、カット・包装の加工賃の2つが上乗せされているため、トレーパックの卸売り価格に比べ、見かけ上、割高になります。ただ、トレーパックを選択し、店内で加工を行った場合にも、やはり発泡トレー代と従業員の人件費は発生します。この点を勘案せず、卸売り価格で判断されてしまうケースがまだあるのです。お店側には、産地パックには、『賞味期限が長く、廃棄ロスが出にくい』などのメリットも含めて総合的にお得であることを丁寧に伝え、理解を得ることが必要だと感じています」。

その際、説得材料として役立つのが、産地パックの購入経験がある消費者に対して行ったアンケートの結果だ。「ドリップが漏れない」「保存が楽」など、消費者が感じている産地パックのメリットが一目でわかる。「こうした消費者の声は、産地パックの導入を迷い、判断がつかないでいるお店を後押しする一助になってくれそうです」と田中部長。

産地パックを購入した消費者にアンケートを取った際のコメント(一部抜粋)

  • トレーは洗ってリサイクルBOXに出すので手間がかかるが、袋のみなら気を使わず捨てられること。袋が密着しているので肉の水分が出ていかず保たれているように感じる(20代女性、ミドルユーザー)
  • 鮮度が保たれそう。トレーのゴミが出ない。買った後、持ち帰るのが気にならない。トレーにラップだと穴が開かないかとか、漏れないか気になるから。(40代女性、ミドルユーザー)
  • トレーの場合そのまま冷凍すると場所を取るのでビニールに入れ替える手間がいるが、真空パックだとそのまま冷凍出来るので便利である。(50代女性、ミドルユーザー)
  • 国産の鶏肉が安心安全に手に入るし、良い風味が逃げずにそのまま閉じ込められている様に感じるところ。(60歳以上女性、ミドルユーザー)
  • 衛生的で全体がわかるので脂感も推定しやすい、日持ちする、銘柄鶏があったりするという点が魅力でした。(50代女性、ライトユーザー)
  • 酸化しにくそう。かさ張らないので持ち帰りの時や冷蔵庫のなかでコンパクトで助かります。(40代女性、ミドルユーザー)

アンケート結果から、「ドリップが漏れない」「家庭での保存が楽」などの産地パックのメリットを消費者は実感していることがわかる。

現時点で8日間の産地パックの賞味期限を、10日に延ばすことも目標だ。『賞味期限10日』と表示するためには、社団法人日本食肉加工協会が発行する『期限表示のための試験方法ガイドライン』に採用された試験を実施し、12日~13日間の賞味期限が保たれる必要があります。25年度中に試験に合格し、26年度には『産地パックの賞味期限は10日』と内外に宣言できるようにしたい。賞味期限10日が実現すれば、産地パックは店頭での陳列開始時点で6~7日の賞味期限を残していることになる。トレーパックの賞味期限は陳列開始時点で平均2~3日。産地パックとトレーパックの賞味期限の差は現在2倍程度ですが、3倍程度に伸ばせたら、より強力な産地パックの訴求ポイントになるはずです」(田中部長)。

賞味期限の長さ、衛生面への信頼感、陳列の手軽さなどが好感され、産地パックは量販店や小売店以外にも販売チャネルを次々に拡大中だ。生鮮食品通販や、ドラッグストアでの小売り販売に加え、24年からは香港への輸出もスタートした。「桜姫®『産地パック』は現地の鶏肉に比べると割高ですが、メイド・イン・ジャパンに対する信頼がニーズを下支えしています。現地のバイヤーからは『パッケージは絶対に日本語のままで変えないで』と念押しされているほどです。

桜姫®ブランドからは、下味をつけた鶏の生肉を電子レンジ調理できる新商品なども年内に発売の予定です。香港だけでなく、高品質な日本ハムの生の肉を求める国や地域に、産地パックをはじめとする桜姫®ブランドの様々な商品を輸出していきたいです」(田中部長)。

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