特集たんぱく質クライシスって、なに?

グラフと数字でわかりやすく解説

2050年までに世界人口はおよそ97億人に達し、たんぱく質需要は2010年から1.8倍に急増すると言われています。そのようななかで起こると考えられている「たんぱく質クライシス」。別名「プロテインクライシス」とも呼ばれ、最近頻繁に聞くようになったこの話は、何が問題で、どうやったら解決できるのでしょうか?本記事では、この地球規模の課題と革新的な解決策について分かりやすく解説します。

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水分の次に多い物質、それがたんぱく質

たんぱく質クライシスとは、世界的なたんぱく質需要の急激な高まりに対して現在の食料生産システムが持続可能な方法で対処できない状態を指します。

たんぱく質は人間の体内で水分の次に多い成分で、生体乾燥重量の約50%を占めます。血液や筋肉・臓器・皮膚・毛髪、さらにはホルモンや酵素・抗体などの体調節機能成分までがたんぱく質で出来ており、その不足は日常動作だけでなく生命維持の基礎代謝にも悪影響を与えます。子どもから大人まで、生きている限り欠かすことのできない栄養素、それがたんぱく質なのです。

筋肉を作るほかにも、たんぱく質にはさまざまな役割が

左側には人間の体成分の割合を示す円グラフがあり、水分60%、たんぱく質20%、脂質15%、糖質/その他5%と記載されています。右側には、たんぱく質の摂取による具体的なメリットが紹介されています。やる気の材料である「ドーパミン」や幸せの材料「セロトニン」を生成し、メンタルの改善に寄与。睡眠を促す「メラトニン」を生成し、睡眠力を向上。髪や爪の主成分「ケラチン」を作り、美髪や美爪を実現。血液中の酸素を運搬する「ヘモグロビン」を生成し、貧血を防止。筋肉量を増加させて肩こりと腰痛を改善し、美肌の材料「コラーゲン」を生成して美肌を実現。ふくらはぎの筋力を上昇させてむくみを防止し、免疫細胞や抗体を生成して免疫力を向上させる効果が示されています。

たんぱく質を構成するアミノ酸は20種あります。そのうち11種類は「非必須アミノ酸」といい、人間の体内で合成することができます。しかし、残りの9種は「必須アミノ酸(不可欠アミノ酸)」といい、体内で作ることができません。そのため、必須アミノ酸は食事から直接摂取しなければならないのです。特に乳幼児や子供は健全な成長のために、こうした必須アミノ酸を大人以上に摂取しないといけないと言われています

人間にとってこれだけ重要なたんぱく質。それが将来不足すると言われているのです。たんぱく質クライシスの問題は単なる栄養危機として片付けられるものではありません。地球環境や世界経済、さらには国際政治にまで影響を及ぼしかねない重大な社会課題として位置づけられているのです。

たんぱく質クライシスはなぜ起こる?

まず、たんぱく質クライシスが起こる背景と原因について整理しましょう。私たちが普段何気なく食べている肉や魚は、いま地球規模の大きな変化の渦中にあります。その背景には、私たちが想像する以上に複雑で深刻な要因が潜んでいます。

人口増加と経済発展による需要急増

国連の予測によると、2024年に82億人とされる世界人口は2050年までにおよそ97億人に達する見込みです。これに伴い、世界全体のたんぱく質需要も大幅に増加することが予測されています。特に注目すべきは、アジア、中東、アフリカなどの新興国における人口爆発と経済成長です。そのため、これらの地域での食肉消費量が急増し、食肉の需給バランスが崩れてしまう事態が起こると言われています。

世界の人口予測

農林水産省の推計によると、2050年の世界畜産物需要は13.98億トンに達し、7.83億トンだった2010年と比較すると実に1.8倍もの畜産物が必要になる計算です。これまで定期的に肉を食べる習慣がなかった新興国の人々が豊かになることで食肉消費量が急増し、世界的な食肉の需給バランスが崩れることが予想されています。

世界で急増する畜産物需要

このグラフは世界で急増する畜産物需要の推移を表しています。2010年と2050年の畜産物需要が示されており、2010年には総量7.83億トン(低所得国1.31億トン、中所得国3.05億トン、高所得国3.47億トン)であったのに対し、2050年には総量13.98億トン(低所得国4.65億トン、中所得国4.95億トン、高所得国4.38億トン)と予測されています。需要は1.8倍に増加しています。

出所:農林水産省「2050年における世界の食料需給見通し」(2019年)
※所得階層分類は世界銀行の分類(Analytical Classification(2014年))による、1990年から2014年の各国の年次別の所得階層分類のうち、最頻のものを当該国の階層とした。

飼料用穀物の不足

畜産物の需要が急増する一方、食肉を増産することは簡単ではありません。

例えば現状の動物性たんぱく質の生産増強のみで需要に対応しようとした場合、穀物などの飼料が必要になります。しかし野村総合研究所の試算では、世界における穀物生産量は今後成長が鈍化すると予想され、2050年の収穫量は2018年比で1.2倍にしかならない見込みです

気候変動の深刻な影響

また、すでに地球規模で起こっている異常気象の増加や気温上昇が、動物性たんぱく質の確保に直接的な影響を与え始めています。

近年、猛暑によるストレスで牛や豚、鶏の食欲が落ちて成長が妨げられ肉量が減ったり、繁殖力が低下したりするなど、異常気象が食肉をはじめとするたんぱく質の生産に影を落としています。鶏などは、最悪の場合暑さで死んでしまうケースも出てきています

日本経済新聞 2025年7月15日「国産豚肉、半世紀ぶりの高値圏 猛暑が繁殖に影響」
新潟日報 2025年8月10日「猛暑 県内畜産業も悲鳴 牛乳量減る 鶏卵小さく 豚餌食べず 安定供給に懸念増す」

暑さが直接動物のストレスになるだけではなく、エサ不足の要因にもなっています。米国では、南部のテキサス州などで過去2、3年にわたって干ばつが発生。 エサとなる牧草が不足に陥り、牛の生産を減らす動きが広がったこともあり、2025年1月1日時点での米国での牛総飼養頭数は73年ぶりの低水準となっています。

米国における牛総飼養頭数の推移

その他にも、動物福祉や環境保護の観点から従来の工業的畜産への風当たりが強まりつつあるといった側面もあります。

海洋においても同様です。「海洋熱波」の発生はこの30年で50%増加し、海水温上昇や海洋酸性化によって生物の生息環境が脅かされています。熱帯海域での潜在的漁獲量は、2050年までに最大で40%減少するという予測もあります。

たんぱく質クライシスがもたらす私たちへ影響

では、こうしたたんぱく質クライシスは私たちの社会や世界にどのような影響を与えるのでしょうか?この問題が引き起こす影響は、以下の3つの領域に分けて考えることができます。

健康問題と社会格差の拡大

まずたんぱく質の供給不足は、冒頭に説明したとおり、人間の健康的な活動の維持や、特に子どもの発育に深刻な影響を与えます。近年多くの企業は健康経営の推進によって、従業員の生産性の向上、社員満足度の向上や離職、休職防止などを目指していますが、たんぱく質不足はまさにこの健康経営を阻害する大きな要因となります。子供にとっては勉強やスポーツや音楽・芸術活動など日々の活動で十分な力を発揮できないことにつながりかねません。こうしたさまざまな面での生産性低下は、国や地域の経済発展にも悪影響をおよぼすことが懸念されています。さらに多くの人に平等にたんぱく質が行き渡らない状態が続けば、社会格差拡大の要因にもなります。

環境破壊の加速

たんぱく質需要の増大に伴う家畜生産拡大のためには、広大な土地と大量の水を必要とします。牧場の開拓や大量の水利用などあまりに急激な生産拡大は、森林破壊や土壌汚染・水質汚染につながり、生物多様性の喪失を加速させる可能性が否定できません。
また畜産業では、牛のげっぷに含まれるメタンや、排泄物を堆肥化する過程で発生するメタン・一酸化二窒素、飼料の生産や輸送による二酸化炭素排出などの温室効果ガスの(GHG)が、気候変動を加速させる要因の一つとも言われており、こうしたことへの対策が求められています。

食料安全保障と国際政治への影響

たんぱく質供給の不安定化は、食料資源を巡る国家間の競争を激化させ、新たな地政学的緊張を生み出す恐れがあります。食料安全保障が国家運営の重要な要素として認識されるようになり、国際政治に大きな変化をもたらす可能性があります。

特に食肉の輸入依存度が高い日本にとって、海外からの食肉供給が途絶えるリスクは深刻な問題です。新型コロナウイルス級のパンデミックが発生すると食のサプライチェーンが容易に寸断され、食肉供給の停止と回復の長期化を招きます。また、ウクライナ紛争の長期化による価格高騰や、食肉生産国が自国民の食料確保を優先して輸出を制限する動きも見られます。さらに、歴史的な円安の影響もあり、経済成長著しい新興国に日本が肉を「買い負け」する機会も出てきています。

たんぱく質クライシス解決の有力手段=新たんぱく質の創出

こうした課題に対する解決策として注目されているのが、さまざまな革新的な技術から生まれる「新たんぱく質」です。すでに国内外の市場でプラントベースミートや魚、牛乳を使わないヨーグルトやアイスクリーム、卵不使用のマヨネーズなど、多彩な商品が市場に登場しています。これらに加えて、麹などの微生物を使ったたんぱく質生産や、動物の細胞を培養して作る細胞性食品など新しいテクノロジーを使ったたんぱく質の生産も研究や実用化が進んでいます。

新たんぱく質4つのカテゴリー

現在、たんぱく質は主に以下の4つのカテゴリーに分類され、各分野からこれまでにない新たなたんぱく質を生み出す研究がされています。

世界中で行われている、たんぱく質生産の試み

植物性たんぱく質からプラントベースミート

豆、野菜、種子などの植物性原料で、肉、魚、卵、乳製品などの見た目や味わいを再現する技術です。すでに商業ベースに乗っており、アメリカには700社以上のプラントベース関連スタートアップが存在します。

藻類・微生物(マイコプロテイン)

近年は藻類や菌類、微生物を培養して、これらを新たに食用のたんぱく質にしていこうという研究も盛んです。

動物性たんぱく質

動物性たんぱく質の分野では、これまで一般的には食用とされてこなかった昆虫などの食用研究が盛んです。また従来の牛や豚、鶏の飼育の分野でも、これまで以上に効率的な生産の取り組みが積極的に行われています。げっぷや排泄物からでるメタンガスなどの温室効果ガスの抑制や有効利用についても研究が進められています。

新たんぱく質:精密発酵

特定の微生物を使って発酵を促し、動物を介さずに牛乳や卵などと同じたんぱく質を生産する技術も研究・開発されています。米パーフェクトデー社は発酵由来の乳たんぱく質を原料とした代替ミルクを開発し、大手コーヒーチェーンでも採用されています。

新たんぱく質:細胞性食品

家畜や魚由来の細胞を、培養液中で増やしたのちに回収し、様々な形に成形した食品です。2013年に世界初のハンバーガーが誕生しましたが、当初は1個33万ドル(約3500万円)という高コストが課題でした。2023年にシンガポールとアメリカで販売が開始されましたが、現在はプラントベースミートとのハイブリッド商品として展開されています。

新たんぱく質:植物分子農業

植物に特定のDNA配列を導入し、光合成によって任意の成分を作る技術です。医療技術を転用したもので、米アルピノバイオ社は大豆を使ってチーズ用の乳たんぱく質を、日本のキニッシュ社は乳たんぱく質を生成するイネの開発に成功しています。

ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の調査によると、これら新たんぱく質市場は2020年の1300万トンから2035年までに9700万トン(7倍増)に成長すると予測されています。

世界のたんぱく質需要と、新たんぱくの市場推移(単位は百万トン)

新たんぱくの市場推移におけるプラントベース、微生物ベース、細胞性食品の割合(単位は百万トン)

出典:ボストン・コンサルティング・グループ「Food for Thought The Protein Transformation」(2021)

この市場規模は2035年には約2900億ドルに達し、世界市場の11%を占めるというもの。同社によれば、技術革新が加速すれば16%、さらに規制当局の支援(炭素税や農業補助金の再配分など)が得られれば22%まで拡大する可能性があるとしています。さらに、2050年には世界の食肉市場の半分を新たんぱく質が占めるとの予測もあります。

ニッポンハムグループの新たんぱく質に対する取り組み

ニッポンハムグループは、国内食肉販売量のシェアが約20%、日本人のたんぱく質摂取量の約6%を供給する「たんぱく質供給メーカー」です。たんぱく質クライシスに備えてその供給責任を果たすべく、新たんぱく質の開発にも取り組んでいます。

プラントベース商品の開発

2020年から「ナチュミートシリーズ」を販売開始。大豆たんぱくを使って肉や魚の食感を再現しており、特にハンバーグやから揚げなどは完成度が高く評価されています。また大豆をベースに、たんぱく質は牛肉並みにありながら脂質を抑え、食物繊維豊富な新しいたんぱく質素材として「FiTeiN」を2025年に開発。同素材は味や食感、栄養価などを自在に設計できるプラントベースのたんぱく質で、今後食肉と並ぶ新たなたんぱく質として市場展開を予定しています。

細胞性食品や麹菌を使った新しいたんぱく質食品の研究

日本ハム中央研究所では、効率よく動物細胞を生産する技術開発に取り組んでおり、2022年10月には、「培養液」の主成分を、これまで用いられてきた動物由来のもの(血清)から一般的に流通する食品由来のものに置き換えて、ウシやニワトリの細胞を培養することに成功しました。この成功により、細胞を生産するコストを大きく削減することが可能になります。

また、日本の伝統的な発酵文化で欠かせない「麹」を使った新たなたんぱく質の研究開発も行っています。

既存の食品からの置き換え

その他にも既存の食品に代わる食品を積極的に開発しています。2023年には、食材の有効活用と食文化の維持を両立させる商品として、鶏レバーを原料にフォアグラのうまみや口どけを再現した「グラフォア」を。これは、需要が限られていた鶏レバーを活用し、主要生産国である欧州において動物愛護の観点から生産難しくなったフォアグラの代替品として機能する商品です。このほかにもこんにゃくなどの植物性素材でマグロの刺身を再現した「プラントベースまぐろ」など、新たな食品開発も積極的に行っています。

日本ハムが行うたんぱく質生産の試み

欧米諸国と比べて代替たんぱく質市場で後発組となる日本ですが、食品メーカー各社が長年培ってきた「おいしさ設計技術」は大きなアドバンテージです。その味のレベルは世界からも注目を集めており、日本企業や日本人の「味作り技術」が実は高く評価されています。ニッポンハムグループは、食肉などのたんぱく質供給だけではなく、ソーセージや冷凍食品、ピザなどさまざまな加工食品も手がけ、日本の食卓を支えています。新たんぱく質を開発するだけではなく、それぞれの利点を生かしてさまざまなたんぱく質をミックスし、美味しく食べていただくための「味の研究」にも力を注いでいきます。世界中の人にさまざまなたんぱく質をバランス良く取っていただくことが私たちの目標です。

たんぱく質クライシスは、人口増加、経済発展、気候変動、環境破壊など複合的な要因によって引き起こされる21世紀最大の課題の一つです。しかし、新たんぱく質の開発などさまざまな知恵を絞ることで、この危機を乗り越える道筋が見えてきています。その解決は簡単ではありませんが、ニッポンハムグループでも、産官学をはじめさまざまなステークホルダーとの協業を通じて持続可能で多様性に富んだ食の未来を実現していきたいと考えています。代替たんぱく質は単なる食料問題の解決策ではなく、環境保護、動物愛護、食の多様性を実現する革新的な技術として、私たちの社会に大きな変革をもたらす可能性を秘めているのです。

監修

藤井省吾・日経BP総合研究所チーフコンサルタント

1991年日経BP入社。医療雑誌『日経メディカル』記者、健康雑誌『日経ヘルス』副編集長を経て、2008年~13年まで『日経ヘルス』編集長。その後、働く女性の雑誌『日経WOMAN』、健康・美容雑誌『日経ヘルス』、共働き向けウェブマガジン『日経DUAL』、女性を応援するウェブ『日経ウーマンオンライン』の事業推進に携わる。14年には健康・医療の最新情報サイト『日経Gooday』を立ち上げた。22年4月から現職。

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