1 たんぱく質の選択肢を増やす
プロテインクライシスの真実と、たんぱく質の安定供給への取り組み②

プラントベースや細胞性食品、麹。
日ハム式、代替たんぱく質開発のすべて

近い将来の発生が確実視される、たんぱく質の需要が供給を上回り、世界中で食肉を取り合う「プロテインクライシス」。その危機に備えるため、肉に代わる新しいたんぱく質・代替たんぱく質の開発を世界中の食品メーカーが進めています。
日本ハムの代替たんぱく質開発は現在、どこまで進んでいるのか? そして代替たんぱく質を社会に浸透させるために必要なものとは何なのか?
世界の食ビジネスに詳しいUnlocXの田中宏隆代表と、日本ハムでたんぱく質の可能性にチャレンジする高崎賢司グループ戦略推進事業部長のお2人が、ざっくばらんに語り合いました。

株式会社UnlocX
田中宏隆(たなか・ひろたか)・代表取締役
SKS JAPAN Founder

パナソニック、マッキンゼー等を経て2017年、シグマクシスに参画。同年に、食×テクノロジー&サイエンスをテーマとしたカンファレンス「SKS JAPAN」を立ち上げ、食を起点とした事業共創エコシステムの形成を通じた新産業創出を目指す。2023年に食のエコシステム構築に特化した「UnlocX(アンロックス)」を創業。一般社団法人 SPACE FOODSPHERE理事。ベースフード株式会社社外取締役、TechMagic株式会社社外取締役。『フードテックの未来』(日経BP総研)監修、『フードテック革命』(日経BP)共著。

日本ハム株式会社
高崎賢司(たかさき・けんじ)・グループ戦略推進事業部長

1993年日本ハム入社。商品開発、経営企画、営業部門を経て、2021年4月より現職。食物アレルギーケア 総合プラットフォーム「Table for All」や、DtoCサイト「Meatful」の新規事業の立ち上げをはじめ、食物アレルギー対応商品「みんなの食卓®」シリーズや「グラフォア」などの新商品開発にも携わる。

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新たなたんぱく質作りに挑むのは、たんぱく質供給メーカーの使命

―まず、なぜ日本ハムが代替たんぱく質の開発に取り組むのか。そして現在、どんな代替たんぱく質の開発が、どの程度進んでいるのか教えてください。

高崎:日本ハムが代替たんぱく質を開発する理由、それは「たんぱく質供給メーカーとしての社会的責任」の一語に尽きます。

日本ハムは「ハムやソーセージなどの食肉加工メーカー」の印象が強いかもしれませんが、グループ全体の売り上げの50%以上は食肉事業です。豚や鶏などを飼育する150か所余りの自社農場を国内外に所有し、国内の食肉販売量シェアは約20%。日本人のたんぱく質摂取量の6%を、日本ハムが供給しています。

肉の需要が供給可能な量を上回り、世界規模で肉の取り合いとなるプロテインクライシスの発生が近づく中、「たんぱく質供給メーカー」を標榜する私たち日本ハムには、食肉以外の新しいたんぱく質を提案していく責任があると考えています。

では日本ハムは現在、どんな代替たんぱく質を開発しているのか。代替たんぱく質の主なカテゴリーは、プラントベース、細胞性食品、発酵、植物分子農業の4つ。そのうち植物分子農業を除く3つのカテゴリーの開発を進めています。

  • 豆、野菜、種子などの植物性原料で、肉、魚、卵、乳製品などの見た目や味わいを再現する「プラントベース
  • 動物の細胞を培養液に浸し、できた筋繊維を重ねて肉とする「細胞性食品
  • 特定の微生物を使って発酵を促し、任意のたんぱく質を生成する「発酵
  • 植物に遺伝子を導入し、植物の内部で特定のたんぱく質を増やす「植物分子農業

プラントベースの分野では、主に大豆たんぱくを使って肉や魚の食感を再現した「ナチュミートシリーズ(全5タイプ)」を2020年に販売開始。一般消費者向けの商品だけでなく、外食やコンビニエンスストア向けの業務用商品も展開するほか、一部商品は海外への輸出も行っています。

細胞性食品は、細胞培養の国内スタートアップ・インテグリカルチャー社と2019年から共同研究を進行中です。また発酵にも意欲的に取り組んでおり、新たなたんぱく質「麹」の研究開発を行っています。

肉の代わりに大豆ミートを使用した「ナチュミート ハンバーグ デミグラス風」

田中:ナチュミートシリーズ、どれもおいしいですよね。なかでもハンバーグは特に完成度が高い。味わいが肉っぽくジューシーなだけでなく、ボリューム感もあって、食べ応えがあります。

高崎:うれしいですね。ナチュミートのハンバーグには、かつてコンビニ向けハンバーグの開発で培ったノウハウがぎっしりと詰まっています。

コンビニのハンバーグは味の良さもさることながら、値ごろ感とボリューム感も求められるのです。その実現に欠かせない食材が、つなぎとして使用しているパン粉。パン粉の使い方ひとつで、肉の分量を抑えながらボリューム感をアップさせたり、肉っぽい食感を際立たせたりできるのです。どのくらいの粒子のパン粉をどれだけ生地に加え、どの程度の力で練りあげるか、条件を細かく変えながら研究を重ねました。もちろんパン粉以外の1つひとつの副原料も、「目指すおいしさ」に近づけるため、実験と分析を繰り返しながら配合量などを決めました。

田中:ハンバーグをはじめ、日本のコンビニの惣菜メニューはハイレベル。そのおいしさは確実に世界に通用します。対談の前半で、世界のトップを走る欧米の代替肉(プラントベースの肉)ベンチャーでは、味作りの分野で日本人が活躍していると話しました。日本ハムをはじめ国内の食品メーカーがノウハウを積み上げ、確立した「おいしさ設計技術」は、今日、日本の代替たんぱく質開発の最前線で大いに生かされています。ナチュミートのハンバーグは、それを示す実例といえますね。

新たなたんぱく質への取り組み

動物血清を使用せず培養したニワトリ細胞から作った細胞性食品。培養液に食品成分を使用し、細胞生産のコストを下げた。

2つめの細胞性食品の開発はどこまで進んでいますか?

高崎:細胞性食品は、国によっては販売を認可する例も出てきていますが、実際の販売例は極わずかで、細胞を生産するコストがまだまだ高いことが世界共通の課題です。当社は培養液の成分として、高価な血清の代わりに一般に流通する安価な食品成分を使って家畜の細胞を培養することに成功しました。

麹培養物(原料)のサンプル。

田中:細胞性食品は現在、動物の血清を使って細胞を培養する方法が主流ですが、血清は高価な上、動物倫理の面から使用への批判が年々強まっています。そのためこのカテゴリーに挑戦する食品メーカーは、「低コストで動物倫理に触れない血清の代替物」の確保に躍起です。日本ハムは今回の成功で、コスト面と倫理面の課題を解決する見込みが立ち、細胞性食品の社会実装に向けて大きく前進したといえそうですね。コストはどの程度、削減できそうですか?

高崎:あくまで研究室レベルの話ですが、動物血清を使った場合の20分の1程度に減らせそうです。また動物の血清を使用しないことは、食品としての安心感にもつながるのではないかと思っています。

田中:3つめのについてはいかがですか?

高崎:麹の生産方法の研究、およびそれを用いた加工食品の開発を行っています。

麹(乾燥状態)の栄養成分

麹と大豆の栄養価のグラフ。麹: たんぱく質41%, 食物繊維40%, 脂質10%, 糖質3%, 灰分6%。大豆: たんぱく質39%, 食物繊維25%, 脂質22%, 糖質9%, 灰分5%。

(麹培養物の栄養価は自社調べ。大豆の栄養価は日本食品標準成分表2020年版(八訂)豆類/だいず/全粒/黄大豆/国産/乾から算出)

未活用の鶏レバーをフォアグラ風に魔改造?!

高崎:「食の持続可能性を追求する」「限りある資源を有効活用する」といった観点から、日本ハムは、代替たんぱく質だけでなく、置き換え食品(見た目や味を他の食品に似せて、別の原材料で作った加工食品。カニカマなどが一例)の開発にも取り組んでいます。なかでも食材の有効活用と食文化の維持に寄与する商品が、鶏レバーを原料にフォアグラのうまみや口どけを再現した「グラフォア」です。

田中:グラフォアはどんな経緯で生まれたのですか?

高崎:食材としての需要閑散期がある鶏レバーに着目した若手研究員が、「鶏レバーで、フォアグラの再現に挑戦したい」と、社内コンテストに提案したことがきっかけです。フォアグラは世界三大珍味の1つながら、ガチョウやアヒルに大量の餌を強制的に与える生産過程が残酷だと、近年、生産禁止に踏み切る国や地域が増えています。食品として利用しきれていなかった鶏レバーを活用するのなら、動物愛護に関心を持つ人も納得できる形でフォアグラの食文化を残せると、開発がスタートしました。

フォアグラの濃厚な味とコクを再現するために配合したのは、豚の脂や植物油。ただ脂身の割合が多すぎると、口の中で溶けてしまい、食感を感じづらい。滑らかさと食感のベストバランスを見つけ出すまで、50回以上の試作を繰り返しました。

完成品は本物のフォアグラに必要な、筋を取るなどの下処理が不要。表面を軽く炙るだけと調理もいたって簡単です。

田中:日本人はカレーやラーメンのように、外国の料理をアレンジし、より魅力的にする「魔改造」が得意だと言われますが、グラフォアはまさに魔改造された商品ですね。さらに言えば、シャウエッセン®もソーセージ界を代表する魔改造商品では?

※こちらの画像はイメージです。

高崎:確かに本場ドイツのソーセージは、肉を細かく挽いた「絹挽き」で作るのが一般的。絹挽きのソーセージは、赤身と脂身が均等に混じりあっているため、加熱しても肉汁が溶け出しにくい特徴があります。一方シャウエッセン®は、加熱するとジューシーな肉汁があふれだすよう、肉を粗く挽き、脂身の粒をあえて大きく残しています。味付けも白飯に合うよう若干、甘め。こうした日本人好みのアレンジがうけ、ロングセラーになったと言われます。狙った味や食感に近づくよう工夫を凝らしたグラフォアも、シャウエッセン®同様、息の長い商品になることを願っています。

お肉の隣に、代替肉が当たり前に並ぶ未来を目指して

―代替たんぱく質を社会に浸透させるため、日本ハムが直面している課題は何でしょうか?

高崎:一般の人々の「食への意識や習慣」を変えることの難しさです。日本ハムが実施したアンケート調査によれば、代替たんぱく質商品を一度でも購入したことがある人は、全体の30%近くに上る一方、継続的に購入している人はぐっと減る。買い慣れない商品をリピート買いしてもらうのは容易ではありません。

意識を変えられないのは、作り手である私たち自身も同じです。代替たんぱく質が社会に浸透するには相応の時間がかかると、頭では理解しているつもりでも、つい性急に成果を求め、売り上げの大小に一喜一憂してしまいます。

田中:それは新規事業に取り組む企業が、共通してぶつかる壁でしょう。将来的な社会的インパクトは目に見えないため、「代替たんぱく質ビジネスは有望」とわかっていても不安になり、目先の利益確保に走りたくなるのです。

そもそもプロテインクライシスも代替たんぱく質の普及も、一企業の努力で達成できる課題ではありません。大手食品メーカー、代替たんぱく質食品の開発に携わるスタートアップ、小売業者、大学などの研究機関、農水省や経済産業省といった多様なプレーヤーがタッグを組み、代替たんぱく質ビジネスを推進するための“エコシステム”を形成する必要があります。

フードテック(食の最先端技術を活用したビジネスモデル)が盛んな欧米諸国では、こうしたエコシステムも有効に機能しています。アメリカで代替肉ベンチャーなどの創業が相次ぎ、革新的な代替たんぱく質食品が次々生まれているのは、エコシステムがうまく働き、同じ志を持つ企業や団体からノウハウやサポートを得られることも理由です。

欧米の国々と比べ、代替たんぱく質市場で日本は後発組となりますが、食品メーカー各社が長年培ってきた「おいしさ設計技術」があるのは大きなアドバンテージ。各社が知見を公開すれば、その知見を活用したスタートアップが、新たな代替たんぱく質食品をスピーディに開発し、大ヒットさせられるかもしれません。

「突き抜けた魅力を持つ代替たんぱく質食品」も欲しいところ。例えば、国民的人気ブランドを持つ食品メーカーが、原料の一部を代替肉に置き換えた“ハイブリット商品”を考案したなら、「こんなにおいしいのなら、もっと代替たんぱく質食品を食べよう」と一般の人々の意識が変わる可能性も。個人的には、魔改造を経て日本を代表するソーセージとなったシャウエッセン®の“プラントベースバージョン”を作ってほしい。相当インパクトがありますよ。

高崎:その試みはチャレンジしがいがありそうです。たんぱく質の提供を使命とする私たち日本ハムが、本当においしい代替たんぱく質食品を開発し、リピートされ続けるサイクルを作らなければと、勇気が湧いてきました。

スーパーの精肉売り場のお肉の隣に、代替肉が当たり前のように並び、その日の気分や好みに合わせてもうひとつのたんぱく質として気軽にチョイスできたら楽しい。他の食品メーカーや小売業、農家の皆様などとも共創することで代替たんぱく質が身近にある、安全・安心な食の未来を作っていけたらいいですね。

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