日経エデュケーションチャレンジ for SDGs イベントリポート
今年で25年目を迎える、高校生向けキャリア教育イベント「日経エデュケーションチャレンジ for SDGs」。社会の最前線で活躍する企業人が講師となり、ビジネスのリアルな仕事とその情熱を高校生と共有するイベントです。そこに今回、日本ハム株式会社 商品統括事業部 技術開発室の高木晃一次長が「先生」として登壇し、「日本ハムの挑戦とたんぱく質の未来、あなたなら何を想像しますか?」というテーマで登壇、高校生と議論しました。食の未来について、そして日本ハムのリアルについて、高校生はどんなことを感じたのでしょうか?その様子をリポートします。
本授業の先生
日本ハム株式会社 高木晃一 商品統括事業部 技術開発室 次長
愛知県出身。大学では微生物を専攻。食品やトイレタリー製品など消費者に近い商品の研究に携わりたいと考え2002年に日本ハムへ入社。主に加工食品を扱う研究所で20年間、品質・検査技術、食品で生じる現象解明に関する研究に従事。2年間の工場勤務を経て2025年より技術開発室で研究推進にあたる。技術開発室の研究は加工食品全般の製造方法、新たんぱく質素材、品質技術、機械技術等多岐にわたる。
日本ハムはたんぱく質の基礎研究と応用研究に力を入れており、高木先生はその中でも主に応用研究に従事しています。「食品業界では、実は原理が解明されていないことが多くあります。例えばハンバーグが加熱によってその物性がどう変化するのかなど、数値化や見える化を通じて食品の新しい分析手法を発見し、おいしく安全な食品作りの原理や秘密を探る仕事を20年間続けてきました」。
たんぱく質研究の最前線から
そんな中、ニッポンハムグループが今取り組んでいるのが「プロテイノベーション」です。これはたんぱく質の可能性をテクノロジーとイノベーションにより最大限に引き出し、新たな価値を創造することを意味する日本ハムが作った言葉。従来からの食肉、乳製品、水産物の開発に加え、大豆などを使った植物性たんぱく質によるプラントベースフードの研究、さらには細胞性食品や麹菌など、次世代の食品開発に日本ハムはいま注力しています。高木先生はおいしさの原理を探ってきたこれまでの研究のノウハウを生かして、そんな新しいたんぱく質がもたらす食品をもっと美味しくするための研究をリードしています。
たんぱく質の重要性をクイズで学ぶ
高木先生はまず、学生と議論するに当たって、たんぱく質の基礎知識についてクイズを交えながら解説を行いました。
「ゆで枝豆、鶏ささみ肉、ヨーグルト1カップ。最もたんぱく質が多いのは?」
たんぱく源としての鶏肉の優秀さは高校生の多くが実感しているようで、会場の多くの生徒が正解の「鶏ささみ肉」を選びました。100グラム当たり約23.9gものたんぱく質を含む*鶏ささみは、スポーツ選手が筋肉をつけるために積極的に摂取する理想的なたんぱく源です。
「たんぱく質、炭水化物、脂質という三大栄養素の中でも、最も重要なのがたんぱく質だと私は考えます」と高木先生。その理由は、酵素、髪、爪、筋肉、血液など、体を構成するほぼすべての有益な要素がたんぱく質から成り立っているからです。
「たんぱく質は体の中で合成できないものも多くあります。外から摂ったものが体の中で構築されるサイクルが必要です。しかも、時間が経つとどんどん消費されて減っていく。だから常に摂り続けなければならないのです」(高木先生)。特に成長期である高校生に必要なたんぱく質量は、男性で約65g、女性で約55g。12歳から17歳は成長期であり、活動量も多いため、やや多めの摂取が推奨されています。
しかし、そんな重要なたんぱく質がいま危機にさらされている、と高木先生は説明します。将来的な世界人口の爆発的な増加が食肉への急激な需要増を呼び込み、さらに干ばつや地球環境の変動、頻発する森林火災、洪水など、環境問題も深刻化しています。これらが畜産のコストを大幅に引き上げ、「さらに円安によって、牛肉は世界から買い負けているという状況がいま起きています」と高木先生。
しかし、多くの高校生が、そうした話が現実に起こっているということを認識していませんでした。「たんぱく質クライシスという言葉を聞いたことがある人は?」という高木先生の問いに、会場で手を上げたのはわずか1人。迫り来るたんぱく質不足の時代を自分ごととして捉えられていなかったのです。
高校生たちとのワークショップ:未来の食を真剣に考える
高校生たちに将来のたんぱく質クライシスについてもっと真剣に考えてもらいたい。そこで高木先生が提案したのが、高校生が「日本ハムの研究開発者」という立場になったつもりで、たんぱく質の未来について数人で1グループになって未来を考える、というディスカッション。目指すべき未来と現実にある課題を認識し、両者をつなぐ解決策を考えてもらいました。
ステップ1:未来の食卓を描く
まず高木先生が高校生に提示したテーマは、「15年後、皆さんが30歳くらいになった時に、どういう食卓、どういうたんぱく質が供給されている状況になっていてほしいかを考えてください」というもの。
各グループでは活発な議論が始まりました。ある高校生は「やっぱり肉が食べたい」と率直に発言し、別の生徒は「でも環境のことを考えると...」と悩む様子。
そんな中、高木先生が話してくれたのが、プラントベースミートや細胞性食品などの代替肉の研究についてでした。環境変化や需要と供給のバランスなどが要因となって代替肉が一気に市場に広がっていくと言われており「皆さんが大人になった時には、普段食べるお肉は代替肉が当たり前、ということが起きているかもしれません」と高木先生。
議論を進めていくと、あるグループからこんな意見が上がりました。「国産のお肉が気兼ねなく食べられる環境が残っていてほしい。やはり国産は安心というイメージがあるので。加えて代替肉も値段が肉より抑えられ、それが代替肉ならではのおいしさを感じられる食品として普及してくれれば、両方が『安心で、美味しい』食品として愛されているのではないでしょうか」
「国産肉を残すというのは本当に大事な視点です。安全で食べておいしいというのは食の最優先事項なので、とても良い意見だと思います。代替品をおいしく食べるという考えも重要。栄養が足りなければプロテインやサプリメントを飲めばいいというのだとちょっと面白くないですからね」と高木先生は議論を進めていきます。
ステップ2:直近の現実を見つめる
次のテーマは「円安が進んだり、国際情勢の影響もあるかもしれない。世界各地で気温が40度になったという話もあり、世界環境がそれを許さない可能性がある。良いことも悪いことも含めて現実に起こり得る課題を考えてみてください」
理想を語った直後に、現実の厳しさに向き合う高校生たち。話し合いの後、ある生徒は「お肉や魚など動物性たんぱく質の価格が上がり、一方で生産量が下がって入手困難になると感じました。その代わりに多くの人が仕方なく代替肉を食べることで価格優先の代替肉の流通が増えるのでは」と発表しました。
高木先生が「ちなみにどれを食べたいですか?」と尋ねると、生徒は「肉」と即答。会場に笑いが起きました。
少し先の未来と直近に起こりそうな現実。お互いの出来事は似ているように見えても、食に対する希望や食を通じた明るい未来という点で大きな違いがありそう。高校生はそんなことを感じているようです。
ステップ3:理想と現実のギャップを埋める──研究者の視点を体験する
最後のテーマは「理想と現実をどう埋め合わせるか、ここが研究の重要なところです。肉が食べたいという要望があれば、それを達成できることをすればいい。どのような方向性の技術を研究、開発すべきか考えてください」というもの。
5分間の相談時間。各グループでは、これまでの議論を踏まえて、より具体的な技術開発の方向性について真剣に話し合う姿が見られました。みんなの意見をメモに取り、情報を整理しながら高校生たちは研究者になったつもりで考えを深めていきます。
そして、ある生徒のグループが発表したのが、次の意見です。
「おいしいものを食べる上で、食感はとても大切だという話が出ました。おいしさ自体はアミノ酸などのおいしさ成分が解明され、調味料が進化したことで味を生み出すことはどんどん進化させられる余地がある一方、食感は素材生来のもので、再現が難しいように感じました。肉にも魚にも『こういう食感だからおいしい』という感覚があるからこそ、食感はとても大切、食感の研究を進めることで、代替肉でもお肉に匹敵するような美味しい食品を作れるのではないかという話し合いが行われました」
高木先生は深くうなずきながら答えました。「食感というのは本当にすごく大事です。肉には独特の食感があり、それが肉のおいしさの大きな構成要素になっています。代替肉でそれが再現できたら本当に良い商品ができると思います。ぜひ作ってみてください」
この言葉に、発表した生徒の表情が引き締まります。自分たちの考えが、実際の研究開発の最前線で重要視されているテーマだと知り、高校生たちは研究への興味をさらに深めたようです。
イベント終了後も続く対話──展示ブースでの交流
講義とワークショップが終了した後も、高校生たちの探究心は収まりませんでした。会場に設けられた展示ブースには、日本ハムが開発した代替肉の実物が展示されており、多くの高校生が高木先生のもとに集まりました。
「本当に植物からできているの?」 「どうやって肉の食感を再現しているのでしょうか?」 「将来、この研究に携わるにはどんな勉強をすればいいですか?」
次々と投げかけられる質問に、高木先生は一つひとつ丁寧に答えていきます。実物の新たんぱく質素材を目の前に、その質感や見た目を確かめる高校生たち。講義で学んだ知識と、目の前にある実物が結びついた瞬間、彼らの目はさらに輝きを増していました。
ある女子生徒は「実際に触ってみると、本当に研究開発って面白そうだなと思いました。さっきのワークショップで自分たちが考えたことが、実際にこうやって形になっているのを見ると、将来自分もこういう仕事に携わってみたいと思いました」と講義を振り返ります。
また、別の男子生徒は「正直、最初は新たんぱく質、代替肉に抵抗がありました。でも、なぜこれが必要なのか、どんな技術が使われているのかを知ったら、むしろ食べてみたくなりました。これからの時代、こういう選択肢が増えることは大事だと思います」と、イベントを通じて意識の変化があったことを教えてくれました。
イベント終了後、同社の代替肉を見せながら高校生から多くの質問を受けていた高木先生
「自分ごと」として楽しむことの大切さ
短時間のワークを通じて、高校生たちはたんぱく質クライシスという現実の問題と、それに対する研究開発の重要性を実感しました。
高木先生は授業の最後に高校生たちにこんなメッセージを送っていました。
「研究者として重要なのは、ピンポイントな視点だけでなく、多角的・俯瞰的に、あらゆる可能性を考える広い目線を持った上で、自分の研究テーマを深掘りすること。そしてそのためには、いま現実に起こっているさまざまな社会課題を『自分ごと』として捉えることが大事です。自分が率先してやらなきゃいけない、それを楽しくやる。どんな仕事に就くにしても、自分ごとにして取り組めば何でも楽しくなり広い視野から物事の解決策を見いだすことが出来るようになります。一生懸命勉強して、進んでいただきたい。そして、楽しんでください」
たんぱく質という私たちの生命を支える栄養素を通じて、食の未来について考えた今回のワークショップ。高校生たちは、クイズに答え、議論を交わし、その内容を発表し、さらには実物を目にしながら研究者と対話することで、社会課題を「自分ごと」として捉える貴重な経験を得たようです。理想と現実のギャップを埋めるための技術開発という研究者の視点を体験し、未来を切り開くヒントを、この場で掴んでもらえていればうれしいです。
高校生たちの声:イベントを通じて得た気づき
今回の講義とワークショップに参加した高校生は72名。講義終了後にアンケートを取り、その感想を聞きました。参加した高校生は、それぞれにさまざまな気づきを得たようです。
1. たんぱく質クライシスへの驚きと危機感
「たんぱく質クライシスのことを知らなかったが、今回原因と対策を聞けて勉強になった」、「近い未来、動物性たんぱく質が得られなくなってしまう可能性があることに対して危機感を覚えた」といった声が多数寄せられました。たんぱく質クライシスについて「もっと多くの人が知っていると思っていた」という意見もあり、この問題の認知度の低さと、知ることの重要性が浮き彫りになりました。
2. グループワークを通じた「自分ごと」としての理解
「ディスカッションがあったので、ほかの講義よりも深く社会の課題について考えることができ、自分の言葉で表現できてよかった」「ワークもあって『自分事として捉える』ことができた」という感想が目立ちました。「15年後の未来」を考えるという視点が新鮮で、理想と現実のギャップを埋めるという研究者的な思考を多くの高校生が体験できたようです。
3. 代替肉と食感の重要性
「ディスカッションの時に発表してくれた男子生徒の意見が印象に残っていて、言われてみれば確かに食べ物の食感って大事だなと共感した」という声がありました。「本物の肉を食べ続けたい」という本音を持ちながらも、「代替肉だけでなく『魚』『昆虫』の可能性についても考えることができた」と、柔軟に未来の食を考える姿勢も見られました。ただし、「将来的に昆虫は食べたくないので日本ハムさんがんばってほしい」という率直な意見も。
4. 研究への興味と将来への希望
「あまり想像したことのない未来が思ったよりも現実に起こり得ると不安に感じたが、そのことに対していま研究している人がいることが希望になった」という前向きな感想が印象的でした。「肉はたんぱく質を摂るうえですごく大事なものだけれども、供給量が減っていると聞いて、代用できるもの(食品)の開発に興味を持った」と、具体的に研究分野への関心を示す高校生もいました。
5. 実物に触れることの重要性
「展示ブースで実際の新たんぱく質素材を見て、触れて、質問できたことで理解が深まった」「写真や話だけでなく、実物を見られたことで研究開発が身近に感じられた」という声も多く寄せられました。講義で学んだ知識と、実物を通じた体験が結びつくことで、より深い学びにつながったようです。
このようにクイズやグループワーク、そして展示ブースでの対話といった体験型の授業形式が、社会課題を「自分ごと」として考える良いきっかけになったようです。将来に不安を感じつつも、研究開発によって未来を切り拓けるという希望を持った高校生たちの姿が印象的でした。

