栄養に詳しい精神科医が教える、うつも認知症も遠ざけるたんぱく質の驚きのパワー
気力がわかない、眠れない、集中力が続かない、認知機能の低下を感じる……。こうした脳やメンタルに関わる不調は、“ある栄養素の不足”で起きているかもしれません。その栄養素とは、ズバリたんぱく質! 近年、注目される脳機能やメンタルヘルスにおけるたんぱく質の役割について、精神栄養学の専門家である帝京大学医学部 精神神経科学講座主任教授の功刀(くぬぎ)浩さんに伺いました。
功刀浩(くぬぎ・ひろし)さん
精神科医 帝京大学医学部精神神経科学講座主任教授・医療法人永寿会恩方病院 院長
1986年東京大学医学部卒業。ロンドン大学精神医学研究所、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センターなどを経て、2021年より現職。精神疾患の栄養学的側面に着目した臨床研修を精力的に進める、日本における精神栄養学のトップランナー。『心の病を治す 食事・運動・睡眠の整え方』(翔泳社)、『こころに効く精神栄養学』(女子栄養大学出版部)など、著書多数。
感情を生み出す脳内物質の栄養となり
メンタルヘルスを良好に保つ
筋肉はもちろんのこと、骨や内臓、血管、肌や髪など私たちの身体を作っている重要な栄養素といえば? 答えは「たんぱく質」。ただ、たんぱく質が「脳や神経の健康」をも守っていることは、意外と意識されていないかもしれません。
脳は、水分を除いたおよそ4割がたんぱく質で構成されています。ですから脳がしっかり機能するために、たんぱく質が果たす役割は重要です。
従来、精神科の領域で、食事で摂る栄養と病気の関係はさほど重んじられていませんでしたが、「近年、栄養は脳機能や心の健康を決定づける一大要因との認識が定着してきました。特にたんぱく質が担っている多彩な役割が、さまざまな研究から明らかになっています」と説明するのは、栄養面に着目した精神疾患の治療や研究に取り組む、精神科医の功刀浩さん。脳機能や心の健康に、たんぱく質が果たす役割には主に次の4つがあるといいます。
① メンタルヘルスを維持する
たんぱく質が脳や心に及ぼすポジティブな作用。その筆頭は、“メンタルヘルスの維持”です。
「楽しい、悲しいといった感情をつかさどるのは、脳内の神経伝達物質です。人の脳には1000億個以上のニューロン(神経細胞)が存在していて、私たちの感情や思考は、ニューロン間を多様な情報伝達物質がリレーされることで伝わっていきます」と功刀さん。
神経伝達物質の中でメンタルヘルスに大きく関わるのが、気分の安定に重要なセロトニン、やる気や満足感を引き出すドーパミン、集中力をもたらすノルアドレナリンなどの『モノアミン系』です。また記憶や学習を担う『グルタミン酸神経系』や、興奮した脳にブレーキをかけ、ストレスや緊張を和らげる『ギャバ神経系』も、重要な神経伝達物質です。
メンタルヘルスに関わる主な神経伝達物質
モノアミン系…気分・情動・脳の機能調節を制御する司令塔的な神経伝達物質群
- ドーパミン 喜びや快楽、やる気などに作用する
- セロトニン 精神を安定させる
- ノルアドレナリン 集中力をもたらす
グルタミン酸神経系…認知、記憶、学習などの機能をつかさどる
ギャバ神経系…交感神経の活性化を抑え、興奮を抑制する
そして、これらの神経伝達物質の原料となるのが、日々食事で摂るたんぱく質。たんぱく質がトリプトファンなどのアミノ酸に分解されて脳に運ばれ、さまざまな神経伝達物質に変換・合成された結果、私たちの感情が生み出されているというわけです。
「毎日を前向きに楽しく過ごせているなら、たんぱく質の摂取量が十分で、神経伝達物質がバランスよく作られていると見てOK。反対に心の不調を感じているなら、たんぱく質の摂取量が足りず、神経伝達物質の合成量が落ちている可能性があります」
かつては「心の弱い人がなる病気」と考えられてきたうつ病も、今日では「神経伝達物質の減少が原因で発症するとの説が有力です」と功刀さん。
「実際、『たんぱく質摂取量が多いと、うつ症状のリスクが低減する*1』、『うつ病患者はそうでない人に比べて、トリプトファンなどのアミノ酸の血中濃度が低い*2』などの研究結果も報告されています」
良質な睡眠を支え、
脳のパフォーマンスを高める働きも
② 睡眠の質にも大きく影響
たんぱく質は、毎日の睡眠の質も左右します。
「“睡眠ホルモン”の別名を持つメラトニンや、深部体温を下げて寝つきをよくする神経伝達物質のグリシンは、それぞれトリプトファンとセリンというアミノ酸が原料です。睡眠時間が一晩5時間未満と短めの人は、7~8時間以上の人と比較し、たんぱく質摂取量が少ないという研究結果もあります*3」。
睡眠の役割というと「身体や脳の休養と回復」ばかりに目が行きがち。ただ実際は、記憶を整理して定着させる、ホルモンバランスを調整する、免疫系を強化するなど、ヒトの健康全般を左右する重要な機能を睡眠が担っています。その睡眠を陰で支える立役者が、ほかならぬたんぱく質なのです。
③ 仕事や学習の効率を高める
たんぱく質には、仕事や学習の効率を高める働きがあることも見逃せません。グルタミン酸神経系、ノルアドレナリンやヒスタミンなどには、「集中力を上げる」「脳を覚醒させる」などの働きがあります。
また、記憶力や学習能力を高めるためには、脳のシナプスを活発化させることがポイントですが、それには「脳由来神経栄養因子=BDNF」と呼ばれる物質がしっかり分泌されることが不可欠。そして神経伝達物質(たんぱく質)が十分にないと、このBDNFの分泌が低下してしまうことも分かっています。
認知症の原因物質の蓄積を抑え、
認知機能の低下も食い止める
④ 認知症の発症予防には運動とセットで
介護負担など深刻な影響を社会に及ぼす不安要因となっている認知症。たんぱく質はその発症予防にも貢献します。功刀さんは「たんぱく質は2つの側面から、認知症の発症リスクを抑える可能性がある」と話します。
1つ目は、「たんぱく質の摂取で睡眠の質が改善する」ことにより、アルツハイマー型認知症の原因物質が脳に蓄積するのを抑えることが期待できるという点です。
アルツハイマー型認知症は、アミロイドβという老廃物が脳に溜まって発症します。この老廃物は通常、睡眠中に活発に排泄されるため、睡眠不足が続くとアミロイドβの蓄積が促されてしまいかねません。「だからこそ、たんぱく質を摂取して神経伝達物質を増やし、毎晩よく眠ることが認知症予防につながります」
そして2つ目が、たんぱく質を摂ることで「フレイル」と呼ばれる“心身の虚弱状態”に陥ることを回避し、認知機能の低下をくい留めることが期待できる、というもの。骨や筋肉が弱って外出や運動による活動量が減ると、認知機能が低下し、それによって活動量が一層減り、認知症が目前に迫る…。この悪循環を断ち切るためにも、たんぱく質の摂取と運動は重要だといいます。
「運動をして筋肉量が増えると、悪循環の歯車が逆回転してプラスの循環に変わる。その結果、認知症発症のリスクを下げることができるのです」
たんぱく質と運動や筋トレを組み合わせると、脳や心にプラスの影響を及ぼすと考えられている
後編では脳やメンタルに効かせるたんぱく質の摂り方をご紹介します。

